春。
始まりの季節。
新しい環境に胸を躍らせ、期待でそれを膨らませ、不安で少しだけ表情をこわばらせている新3年生。今日、めでたく最上級生になる3年3組総勢37名は、一人の欠席者を出す事もなく始業式を迎える。
教壇の上では騒がしい教室の、騒がしい生徒に向かい、担任の竹内が何事か叫ぶように話す。クラスが5クラスしかない草加南中では、3年生にもなれば同じ学年のほとんどの者の顔と名前は一致する。見知った仲なら騒がしくなる事も、収拾がつかなくなることも、当然だった。
ショートホームルーム。簡単な担任の自己紹介。どこでもやる事は一緒だ。3−3の連中は竹内の事も良く知っていた。今更知りたい事もない。ソレは竹内自身もわかりきったことだが、慣例に沿って決まリごとのように叫ぶ。
教室の喧騒のなか、一通りの”決まりごと”―が終わると体育館で行われる始業式のために一同は教室を後にする。
もう既に新しいグループが形成されつつあるのを、森和彦は横目で見ながら、比呂の席の前に立つ。比呂は机の上に突っ伏し、眠ろうとしていたがあまりにもうるさいがため、結局寝付くことは出来なかったようだ。和彦の気配に気付くと、不機嫌そうな顔をあげる。
「寝れたか?」
「寝れるかっ。」
和彦は軽く鼻で笑うと”行こう”と表情で伝える。比呂はだるそうに席を立つと、あくびをひとつ。
「よぉ千成。」
声をかけてきたのは、柳原広志。全国区のサッカー部を率いる主将のわりには、若干軽さが目立つ男。横には井上慶がいた。こちらもサッカー部。どちらかというと無口なほうだが、比呂や和彦にびびらずに話し掛ける数少ない男子だ。
「よぉ。ヤナギ。また同じクラスだな。」
比呂も無表情ながら会話に応じる。愛想がないだけで、特に他人と距離をとっているわけでもない。
4人で教室を出ながら、軽く談笑。話題はクラスの女子の美人度だった。
「このクラスはアタリだね。」と和彦。
「同感。」と広志。
比呂と慶は興味なさそうに、他の話題へ。
――及川亜由美は性根悪そうだけどいいよな?
「3年だな・・・。サッカー部はいつ引退なんだ?」と比呂は尋ねる。
「夏の大会で・・・かな?ま、秋の追い出し試合で正式に引退だけどな。」と慶が答える。
――船岡はもうっちょっと軽ければな・・・
「進路は?やっぱサッカー強いとこいくのか?」
比呂は、和彦と広志の美少女談義に耳を貸さないように努める。
「いや。親父の跡つがなきゃならなそうだからな。高校は工業系かもしれない。職人だよ。将来は。」
「親父さんなにやってんだっけ?」
「電気工事。」
「へー、意外。って言い方は失礼か?」
――小出は?かわいいだろ。
「いや、俺も意外に思ってるよ。気にするな。」
「そうか。」
「千成は?」
「俺んちは親父、家業やってるわけじゃないし、適当に高校に潜り込むよ。」
――駄目だ、絵里は比呂にべったりだし。
比呂は和彦の顔は見ずに、拳だけを肩に当てた。”うるさいよ”の意思表示。
「千成は頭いいしな。好きなとこいけるよ。」
「どうかな?素行が悪すぎるしな。」
慶は苦笑する。4人は東校舎の渡り廊下に差し掛かる。竹内が大きく手招きしている。
「走って来い。おまえらだけだ。残りはっ。」
和彦は”うるせぇな”とかそんなような事をつぶやきながらだるそうにポケットに手を入れたまま、小走り。
比呂たちも後に続いた。
抜けるような空が渡り廊下の切れ目から見えた。