第12話 母の人生
僕が人の子だということは皆様ご存知だと思う。 まぁ、そこで「嘘だ」と言われても困るので、とりあえずは納得しておいて欲しい。 僕も人並みに人間なのである。 ・・・なんだか日本語がおかしい気がするが、ここはあえて流してみる。 「人並みに人間」であるからして、やはり僕を産んでくれた母親がいる。 今回はそんな母の話だ。
母はかなりの勢いで「お嬢さん育ち」であった。 気を払うべくは「お嬢様育ち」ではなく「お嬢さん育ち」というところだ。 実家が名家というわけではなく、父親 ―つまり僕の祖父に当たる― に溺愛されて育った。 4人姉弟の3女で、上二人姉下弟と中途半端な地位であるはずなのだが、例えば家族で買い物に行くと母だけおもちゃを買い与えられたり、弟がいるというのに父親に背負われて家に帰ってきたり、姉が2人もいるのにかかわらずお小遣いを一番多くもらったりと甘やかされ放題の幼少期を過ごしている。 かなりの勢いで家族から迫害されている僕としては、何故同じ血が流れているはずなのにこんなにも待遇が違うのだろうと世の中の矛盾を感じてしまう。 適当に美人だったようで、僕の妹と同じく若い頃は芸能界のスカウトなどにあったそうだ。 その頃は今と違って「猫も杓子も芸能人」という風潮ではなかったので、それなりに見れた顔をしていたのであろう。 今となっては面影の「お」の字もないが。
そんな甘やかされ小娘は短大を卒業し、就職をして上京した。 ここが母の人生の間違い第1歩目である。 栄養士の資格をとった彼女は、服部調理専門学校(仮称)に就職した。 そう、あのメガネのロマンスグレーの脂ギッシュな紳士を決め込んでるえらそうなおっさんの学校だ。 そこで2週間ぐらい勤めていたようなのだが、資格をもっていたのにもかかわらず、アルバイトの女の子のように買出しに行かされたことに腹を立て、そのお金を持ってトンズラしたらしい。 腹を立てるのは構わないが、金は返せよ。 そして、何もすることがなくプラプラしてるときに喫茶店に入った。 そこでバイトをしていたうちの元おやじに見初められたのである。 ちょっとの間付き合っていたらしいのだが、非常に汚らしい風貌をしていた元おやじは、やはり親に対する印象が最悪であった。 父親に付き合いを反対され実家に帰った母は「確かにお父さんの言うことだから・・・。」と別れる決心をした。
なんとか軌道を修正し、真っ当な人生を歩めるかのように見えた母だったが、しかし元おやじはしつこかった。 歯の浮くような内容の恋文を送ったり、母の実家は九州だというのに東京からわざわざやってきたり、今の時代で考えればストーカーと同じ行為をしていた。 しかし時代が時代である。その行為は「私のことをそんなに好きでいてくれるのね」と乙女ちっく爆裂な考え方へとなり、思い余ってかけおちなんぞしてしまった。 これが母の人生の最大の間違いだったであろう。 他にも医者と付き合ってたりとかもしていたようなのに・・・・。 そんな間違った人生の選択をした母親から産まれた僕のほうがかわいそうだ。 我ながら同情する。
そんなこんなでかけおちした僕の一応両親は、しばらくの後僕を仕込み、金欠のため元おやじの実家に転がり込んだ。 だが、所詮あのバカについていってしまったせいでギャンブルの借金で夜もおちおち眠れない日々が続き、元おやじは東京へ出稼ぎに行った。 まともに僕らを生活させるだけの状態になったら呼んでもいいよって感じだったのだが、嘘をつくのがうまい元おやじは、さっくりと母親を騙して東京に僕らも連れてこられたわけである。
そんな感じで色々あって、第9話でも書いたように両親は別居、離婚をすることに相成った。 妹も僕も学校を卒業し仕事をはじめ、ようやく一人の楽しみを満喫しようとした矢先に、まんまとガン宣告らしい。ついてないったらありゃしない。 この間手術をしたらしいのだが、一応は成功らしい。 手術の前日、心優しい僕は今までのひどい仕打ちも心にしまい、励ましの電話をしてあげた。 僕「頑張ってねって先生に言っといて。」 母「なんで私に言わないのよ。」 僕「頑張りようがないじゃんか。あんたは腹を割かれるだけ。」 母「でも、ほら、気持ちの問題でしょ?」 僕「まな板の上のふぐだね。」 母「それを言うなら鯉でしょ」 僕「鯉ほどスマートじゃないでしょ。その腹はふぐによく似てる。」 母「そんな言い方をされたら気分悪いじゃない。」 僕「んじゃ早く寝ろ。」 母「その気分じゃなくて。」 僕「はんぺん?」 母「・・もういいよ。じゃあね、おやすみ。」 優しいなぁ、僕。 母の緊張を解いてあげてるんですよ? こんな優しい子いないよ? 一晩3万からで色々ご奉仕中(制限アリ) そんなバカ話はおいといて。 父親がいない僕としては、「喪主をやんなきゃダメなのかな・・」「葬式代はどこから捻出しよう・・」と不安を感じていたところだったので、手術の成功は心より喜んだ。 なんせ母が死んでも僕には遺産の「い」の字も入らないことになっている。 全て妹にいくそうだ。母娘揃ってむかつく限りだ。 かわいい息子にお金をよこせって感じだが。
そんな、ある意味実のない人生を歩んできた母のことだ、きっとこう思うに違いない。 祖父にかわいがられていた、あの頃に戻りたい、と・・・・・・。
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