DIANAxALBERT 2


その日、朝からイスマス城は、あわただしかった。

最近、イスマス城の周りではやけにモンスターが多くなっていた。

それはイスマス城主ルドルフの憂慮するところでもあったが、それをかねてより知っていたディアナが、モンスター達がどうやら東の洞窟を住処にしているらしい、との報告を耳にするや、「やっつけに行きましょう。」と、言いだしたのだ。

父ルドルフは「年頃の娘のする事ではなかろう」と、と反対したのだが、ディアナは「アルベルトの訓練にもなります」と言って譲らず、結局、御付の兵士が2名、護衛につき従う形で、ディアナとアルベルトは、モンスター退治に出かける事となったのだ。

モンスターはザコの部類であったが、アルベルトには手ごわかった。

ディアナが果敢に敵に切り込んでいく後ろを、置いてかれまいと付いていくのが精一杯だった。

「しっかりしなさい!アルベルト!何のために訓練をつんできたの?」

姉に叱咤され、無我夢中で剣を振り下ろすうち、アルベルトは次第に落ち着きを取り戻してきた。

日頃から剣術の訓練は、姉の教育の元、欠かさず行ってきた。

それはアルベルトの体にしっかりと身についていた。

冷静にさえなれば、自然に体が動いた。

「そうよ。偉いわ、アルベルト。」

姉の前に躍り込んで敵を斬り捨てた時、姉がにっこりと笑んでそう言った。

思いもかけず誉められ、アルベルトの胸の奥に、つうんとしたものがこみ上げる。

「姉さん・・・・・・・・・・・・・」

姉さん、僕は・・・・・・・・・・

言いかけた時、不意に姉が、ぎくりと立ち止まった。

その異変に、アルベルトも足を止める。

洞窟の奥に、ふよふよと揺らめいている影が見えた。

「シリリーファズ!」

頭部のみ実体化した幽体のモンスターで、洞窟の他のモンスター達よりも知能が高い。

「そうか・・・こいつがこの洞窟のモンスター達のボスね・・・」

ディアナの言葉に、アルベルトが息を詰めて剣を握りなおす。

「アルベルト、あいつの火の術法は結構厄介だわ。先制攻撃で行くわよ。隼斬りは使えるわね?」

「う、うん!」

「行くわよ!」

剣を構え、飛び出すディアナ。

アルベルトもためらう事なく、それに続く。

シリリーファズがアルベルト達に気がついた時は、ディアナの一撃が己の眉間にヒットした後だった。

 

 

気がつくと、あれほどあふれかえっていたモンスターが、一匹残らず姿を消していた。

シリリーファズを失った事で統率力を失い、散り散りに逃げていったのだろう。

「やったね!姉さん!」

アルベルトが目を輝かせて言った。

「──── 姉さん?」

ふと見ると、傍らにいたはずの姉の姿がない。

「姉さん?」

見ると姉は、シリリーファズがいた辺りよりもっと奥にいた。

訝しげな様子で辺りを窺っている。

「どうしたの? 姉さん。」

声をかけると、姉は、振り返り、笑顔を作って見せた。

「ううん。なんでもないわ。…さあ、アルベルト。帰りましょう。」

 

アルベルト達は意気揚揚と城に向っていた。

これでもう安心だった。

早く帰って父にこれを報告しなくては。

その後を、姉は何事か考え込みながらついていく。

ディアナは、つい先ほど倒したシリリーファズの事を考えていた。

あのシリリーファズは、何故あそこにいたのだろう…。

知能の高いシリリーファズが、洞窟にあふれたモンスター達を統率していたのは間違いない。

だが… 何故?

何故、シリリーファズはモンスターを引き連れて洞窟に住みついた?

本来ただの幽体であるシリリーファズには群れで生活する習慣などない。

それに…あの夥しい数のモンスター達は、いったい何処から来たのだ?

あの洞窟は、イスマス城の目と鼻の先だし、定期的に調査もしている。

モンスターが住み着けば、あれだけの数になる前に、警備兵が気がついたはずだ。

だが今回は、気がついた時には、既に洞窟内はモンスターであふれかえり、城壁の手前までモンスターが寄ってきていた。

いったいどこからあれだけの数のモンスターが、あの洞窟に来たのだろう。

…洞窟の、奥から?

いや、あの洞窟は、シリリーファズのいた所あたりで行き止まりだ。

何処にも抜け道などない。

だが、あの時…、自分達の攻撃にシリリーファズが倒れたあの時、ディアナは、一瞬、その背後に、何者かの影を見たような気がしたのだ。

咄嗟に洞窟の奥に走りこんだが、誰もいなかった。

気のせい…?

確かに感じたのだが…。

モンスターでは、なかった。

翻ったマントの気配を感じたのだから。

…………人?

ぞくっ…と、ディアナの背筋に、恐怖が触れた。

まさか。

そんなはずはない。

モンスターの中にいて平気な人間などいるはずがない。

第一、誰かいたとしたなら、その者は何処に行ったと言うのだ。

あの奥は行き止まりなのだ。

以前からあの洞窟は何度も何度も調べている。

洞窟の奥には…不可思議な謎の文様があるだけだ。

この文様は、父ルドルフがイスマス城主となるずっと以前からこの洞窟の奥に刻まれていて、ルドルフもずいぶん気にして、何度も調査していた。

そのたびに、何もない事を確認していた。

結局、その文様が伝説の邪神サルーインのシンボルによく似ていたため、サルーイン教の秘密神殿か何かの跡だろう、と、父が結論をつけたのだ。

ルドルフがイスマス城主になってから、その洞窟に邪教徒達が集ったり、妖しげな集会が行われたり、という事もなかったため、それは長いこと放置されていたのだが、昨今の、サルーイン復活を謳い文句にした邪教徒達の不穏な動きが、ローザリアでもあちこちで報告されるようになってきたため、この洞窟も埋めるかどうしようか、と話していた矢先の、今回のモンスター騒動だった。

まさか、モンスター達が、サルーインの文様を崇めるために集まったとも思えないけれど…。

またいつこんな事があるかわからない。

…早いうちに埋めてしまうよう、お父様にお願いしよう…

 

アルベルト達が両親の待つ謁見の間に入ると、両親は、子供達の無事な姿に、心底ほっとしたような顔を浮かべた。

ローザリアが誇る薔薇騎士隊に属するディアナはともかくとして、アルベルトはほとんど実戦をした事がない。

それだけに、心配だったのだろう。

「洞窟のモンスターを退治してきました」

アルベルトが目を輝かせて報告すると、父も母も相好を崩した。

「うむ。よくやった!」

父が満面の笑みで労をねぎらった。

ディアナは、先刻まで考えていた事を父に進言しようと口を開きかけた。

その時だった。

兵士が一人、謁見の間に駆け込んできた。

「ナイトハルト殿下が、お見えになりました!」

「何! 皇太子殿下が?」

ルドルフに驚く暇も与えず、闇色の鎧を纏ったローザリア王国皇太子ナイトハルトが姿を見せた。

「いらっしゃいませ、殿下。」

ふわりと翻った闇色のマントに、ディアナの中に、一瞬、先刻洞窟で感じた気配が蘇る。

慌ててそれを強く打ち消し、ディアナは、母、弟とともに、道を開け、恭しく跪き、最敬礼をとった。

ルドルフが、自分の座っていた上座を、ナイトハルトに譲る。

今をときめくブラックプリンスが、こんな辺境の城へ、供も連れず、いったい何事かと怪訝に思いながら。

「ルドルフよ。いきなりで、ぶしつけなのだが」

ナイトハルトは優雅な仕草で腰掛けると、薄く微笑んで言った。

「ディアナを、わが妻に迎えたい」

「えっ!」

突然の事に、一瞬、ナイトハルトを除くその場の全員が、言葉を失った。

「どうだルドルフ?」

問われて、ルドルフが慌てて我に返る。

「も、もちろん、私は異存ございませんが…」

あろうはずもない。

ナイトハルトは、ルドルフの主君であり、ゆくゆくはこの国の王となる人間なのだ。

娘が主君の妻にと望まれているのだ。何の異存があろう。

「ディアナ、私のプロポーズを受けてくれるな?」

一瞬 ───ほんの一瞬、ディアナの瞳に、翳りが走った。

だが、誰も気がつかなかった。

ディアナはすぐに、貴婦人の笑みを浮かべると、

「はい。喜んでお受けいたします。」

と、答えた。

「正式な申し込みは、後で人を寄越す。」

ナイトハルトはそう言いおいて、来たときと同じく慌しく去っていった。

「なんて素晴らしい日なんでしょう」

と、少女のようにはしゃぐ母と、

「姉さん、おめでとう!」

と、無邪気に笑う弟を見ながら、ディアナは小さくつぶやいて見せた。

「私、まだ信じられない…」

しかし、その目は、少しも嬉しそうではなかった。

その横ではルドルフが、

「宴じゃ! 宴の準備じゃ!!」

と、上機嫌で怒鳴っていた。


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