† 第肆話 †

 

男はピアニストを夢見ていた。

 

幼い頃からピアニストとして育てられ、一流のピアニストになることだけが、彼の存在理由だった。

長じた彼は育った村を出る。

一流のピアニストとなるために。

 

けれど、村を出た彼が見たものは、真の天才と、己の限界。

 

彼は知ったのだ。

この世にはどうしようもなく神に愛されている人間がいるのだと。

神に祝福された天賦の才が奏でる、神の音楽を、彼は聞いた。

選ばれし者のみが得られる、稀有の才能。

自分には決定的に欠けている、何か。

彼の夢は潰えた。

けれど、打ちのめされ、挫折しても、彼はピアニストとして生きる以外の生き方を知らなかった。

自分の求めるものと、自分の限界の狭間で、彼の精神は追い詰められていった。

 

彷徨う彼が行き着いた先は、海上レストラン。

荒くれのコック達ばかりがいるそのレストランは、レストランというにはあまりに型破りで、強烈で鮮烈で、彼はそこでピアノ弾きとして勤めだした。

 

そしてそこで、彼は再び、神に選ばれし者を見る事になる。

 

それはピアニストではなく、一人のコックだった。

一人だけコックコートを着ず、黒いスーツを身につけ、広いレストランの中を優雅に泳ぐように給仕して回る、美しく輝く金の髪をした、海よりも尚青い瞳の料理人。

類稀な容姿もさることながら、彼の料理には華があった。

まだ荒削りではあったけれど、それはまさしく神に祝福された味だった。

ひときわ若く、生意気な態度のそのコックに、ピアノ弾きの目から見ても料理長は辛く当たっているように見えた。

他のコック達もまた、若くして副料理長という役職についている金髪のコックに従うこともなく、辛辣だった。

けれどピアノ弾きにはすぐにわかった。

金髪のコックは、他のコック達の誰よりも、料理長に愛されていた。

そして、他のコック達からも愛されていた。

それは実に過激な愛情のありようではあったけれど、このレストランの誰もが、金髪のコックを愛していた。

そして、ピアノ弾きもまた、金髪のコックに心惹かれた。

人を強烈に惹きつけてやまないものが、金髪のコックには確かにあった。

歳の近かったコックとピアノ弾きは、瞬く間に親しくなった。

オールブルーという奇跡の海を夢見るコックに、ピアノ弾きは、自らが神に選ばれなかった者である等と、告白する事はどうしても出来なかった。

コックの前で、ピアノ弾きは、自らもまた一流のピアニストを目指して夢追い求めている若者を演じた。

そういう自分でなければ、コックの傍にいる資格はないと思った。

コックにとって、かけがえのない人間になりたかった。

そう、あの料理長のように。

ピアノ弾きのコックへの想いは、恋から劣情に育った。

料理長と金髪のコックの間に流れる、強い独特の絆に嫉妬した。

料理長に殺意すら抱いた。

コックに心惹かれたばかりの時期には楽しかった日々が、いまや地獄の責め苦よりも辛い日々になった。

 

ある時、もはや恒例となった、コックと、客とも呼べぬ海賊共との争いで、ピアノが破壊された。

それを言い訳にして、自らの想いに耐えかねたピアノ弾きは、レストランを去った。

 

だが金髪のコックへの想いは断ち切れなかった。

振り払おうとしても諦めようとしても、彼への想いは日増しに強くなるばかりだった。

それはピアニストへの夢よりも尚、餓えるように強い欲求だった。

ピアノ弾きは、辞めたあともレストランに通い詰めた。

今度は客として。

それでも、コックは変わらない笑顔をピアノ弾きに向けてくれて、ピアノ弾きは次第に、この想いが彼にも伝わっているのではないだろうかと錯覚しはじめていた。

コックの生来の気質が持つ優しさを、ピアノ弾きは完全に誤解していた。

ピアノ弾きの中で、二人の関係は変わっていった。

ピアノ弾きの中だけで。

 

けれど、ピアノ弾きの脳内だけの蜜月は、ある日突然終わりを告げた。

 

その日、ピアノ弾きがコックに会いに海上レストランへ行くと、金髪のコックの姿はなかった。

訝るピアノ弾きに、他のコックが、金髪のコックが旅立ったことを伝えた。

金髪のコックは旅立ってしまった。

奇跡の海を追い求めて。

ピアノ弾きになにも言わず。

逃げられた、と、瞬間、ピアノ弾きは思った。

金髪のコックは、自分から逃げたのだ、と。

同時に、いや、そんなはずはない。自分達は愛し合っていたのだから、と、妄想がピアノ弾きの心を駆け巡る。

聞けばコックは海賊船に乗っていったと言う。

では海賊に浚われたのか。

汚されたのか。

あの美しく清冽で無垢な、あのコックは。

 

金髪のコックを追い求めて、グランドラインに入るために、ピアノ弾きは犯罪に手を染めた。

ピアノ弾き、と言う彼の職業は、犯罪をカモフラージュするのに都合のいい職業に成り果てた。

そうしてピアノ弾きは船から船へと乗り換えて、金髪のコックの乗った海賊船を追い続けた。

行く先々で、ピアノ弾きは金髪のコックの乗った麦わらの海賊船の噂を聞いた。

ピアノ弾きがわざわざ聞いて回らなくても、その噂は耳に入ってきた。

 

悪魔の実の能力者で一億ベリーの賞金首の船長。

元海賊狩りで魔獣の異名を持つ六千万ベリーの賞金首の剣士。

七千九百万ベリーの賞金首の暗殺者。

他にも、人なのか獣なのかわからない化け物や、自分の村を魚人に売った盗賊の女、元は八千人の大海賊団の船長だった者等の噂を聞いた。

小さな海賊団だというのに、その賞金のトータルバウンティは途轍もない。

魚人の帝国を滅ぼし、王下七武海の一角を崩し、どこかの王女を拉致してその国に攻め入った事もあったらしい。

 

聞けば聞くほど、金髪のコックは、自らの意に反して拉致されているのだと思った。

 

やがてピアノ弾きは、ログを先回りする事に成功する。

その島で待ってさえいれば、いつか麦わらの船はここに辿り着く。

ピアノ弾きはその島で、ピアノ弾きの仮面を被ったまま、悪事を犯し続けた。

全ては、金髪の“恋人”を救うために。

ピアノ弾きが犯した悪事で、たくさんの人間が傷つき、血を流し、命を落としていたが、ピアノ弾きは気にも止めなかった。

 

けれど。

ピアノ弾きの目の前に現れたのは、麦わらの船から男と連れ立って降りてくる、金髪のコックの笑顔。

拉致されたはずなのに、ピアノ弾きと引き離されて悲嘆に暮れているはずなのに、金髪のコックはあの頃よりも一層艶やかになった金髪を輝かせながら、傍らの男に微笑みかける。

金髪のコックの傍らにいる男は、精悍で端整な顔立ちで、一目で剣士とわかるいでたち、鍛え上げられた体躯。

ピアノ弾きにはすぐにわかった。

剣士もまた、神に選ばれし者である事が。

 

あの義足の料理長がそうだったように。

神に選ばれし金髪のコックの傍らには、必ず同じように神に選ばれし者がいる。

 

 

まるで、一対の絵のようだった。

 

 

 

 

 

ピアノ弾きの中で、何かが、──────ずれた。

 

 

 

 

 

 

どうして。

どうして“奴ら”だけが。

どうして“奴ら”だけがいつでも全てを手に入れる。

当然のような顔をしてそれを手に入れる。

自らの望むもの全てを。

神に愛されていない者には許されない、全てのものを。

“奴ら”は、神に選ばれたというただそれだけで、何もかもを手に入れる。

自分には請うても請うても与えられないそれらを。

“奴ら”はいともたやすく手に入れる。

どうしてどうしてどうして。

愛しているのに愛していたのに誰よりも何よりも俺のものなのに裏切られた盗られた──────汚された。

 

 

金髪のコックは、汚されたのだ。

 

 

──────神によって。

 

 

あれは、神への供物。

 

 

 

ならば、彼を──────救ってやらなくては。

 

神の手から。

 

 

 

 

 

 

ピアノ弾きは、金髪のコックに声をかけるのを躊躇わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

そうして、黄色い蝶は、自ら蜘蛛の巣に飛び込んできた。

 

 

 

◇ ◇◇◇ ◇

 

 

「あごひげとすね毛は剃ってしまうとして…。陰毛は…、さて、どうするべきかな。」

ピアノ弾きに“オーナー”と呼ばれた、紳士然としたスーツの男は、酷薄そうな笑みを浮かべてサンジを見下ろしている。

「剃ってしまいましょう。その方がサンジの美しさがよりいっそう引き立ちますから。」

ピアノ弾きがうっとりとした声で言った。

ふむ、とオーナーが顎に手を当てる。

「確かに剃った方が見栄えはいい。…が、この叢も純金とくれば、いささかもったいない気もするな。紛い物ではないという証明にもなる。」

言いながら、オーナーの手がサンジの股間に伸びる。

ビクッとサンジの体が震える。

男の手が何をしているのか、ゾロからは相変わらず見えない。

けれど、男の下卑た笑いと、サンジの噛み締められた唇に、状況は想像して余りある。

 

「あまり使い込んでないようだね。ここも果実のように瑞々しく愛らしいピンク色だ。ロロノア・ゾロはあまりここを可愛がってくれないのかな?」

 

その瞬間、何かが、ぺちゃりとオーナーの頬に飛んだ。

サンジが唾を吐いたのだ。

 

オーナーの顔から笑みが消え、能面のような無表情になる。

胸ポットからハンカチを取り出して、頬を拭いた後、その口元に先刻とは比べ物にならないほど冷酷な笑みが浮かんだ。

 

「やれやれ…。いくら上玉でもこうじゃじゃ馬では仕方ない。」

 

傍らのピアノ弾きが、くっくっと笑う。

 

「しつけの必要があるようだな。」

 

オーナーの手が、拘束台のどこかに触れる。

がうん、と音がして、椅子の高さがやや下がった。

 

「まず、その吐瀉物だらけの顔を綺麗にしてあげなくてはな。」

 

そう言うと、おもむろに自分のファスナーをさげて、陰茎を取り出した。

そして、サンジの顔めがけて、放尿を始めた。

 

ゾロが目を剥く。

 

サンジはとっさに顔を背けるが、全身を拘束されていては逃れられるはずもなく、男の小便は、じょぼじょぼとサンジの顔と言わず体と言わず、容赦なく撒き散らされる。

酒気を帯びた臭気が鼻をつく。

 

サンジは黙ったままだ。

 

ゾロからその顔は見えない。

能面のように表情を殺しているのか、それとも、怒りをあらわにして男を睨めつけているのか。

 

オーナーは長々とサンジに向かって放尿したあと、ピアノ弾きを振り向いた。

 

「陰毛も全部剃ってしまいなさい。それが相応と言うものだ。」

 

せせら笑いながらオーナーが言うと、ピアノ弾きがにぃっと笑った。

 

 

 

 

ピアノ弾きは、嬉々としてサンジの顎、股間、脛に、シェービングクリームを塗りたくった。

わざとかみそりの刃をちらつかせながら、サンジの顎にそれを当てる。

だが、サンジは黙ったまま身じろぎもしなかった。

或いはそれは、陵辱者たちの目には、カミソリの刃に怯えているように見えたかもしれない。

丁寧に丁寧に、ピアノ弾きはサンジのあごひげを反り上げて、また満足そうに笑った。

「次はすねを剃るから、これを外しますが、蹴らないでくださいね。あなたの蹴りは痛いですから。」

ふふふ、笑う。

「そうだな。ロロノア・ゾロの命を担保にするとしよう。」

オーナーの言葉と同時に、がちゃ、と音がした。

ゾロとサンジが揃って頭を向けると、オーナーが銃をゾロに向けて構えている。

オーナーの銃を見た後、一瞬だけ、ゾロとサンジの視線が絡む。ほんの一瞬だけ。

「…撃つんなら頭にしろ。腹巻を撃つな。穴が開く。」

無表情のまま挑発するようにゾロが言うと、

「やめとけ。それ以上頭の風通しが良くなったら益々阿呆になるぞ。」

と、聞いていたサンジが応酬した。

 

─────やれるか?

─────…まだだ。

 

気づかれないように、目で合図する。

 

まだ。

まだ、だ。

 

目を閉じたゾロの耳に、しょり、しょり、とカミソリの音が聞こえてくる。

丁寧に、サンジの両の脛を剃り上げてから、ピアノ弾きは、再びサンジの足を革のベルトでしっかりと固定した。

それを見て、オーナーがゾロの頭に突きつけていた銃口を納める。

 

ほ…、と、気づかないほど本当に微かに、サンジが息をついた。

 

バカが。

俺の心配よりてめェの心配しやがれ。

 

ゾロは内心で舌打ちをした。

 

サンジの優しさは底が無い。

どこまでもどこまでも自分を置き去りにして人のことばかりを考える。

今、蹂躙されようとしているのはゾロでなくサンジなのに。

 

ヴン、という拘束椅子の作動する音がして、ゾロは目を開けた。

サンジの足を拘束した足乗せ台が、更に限界まで広げられる。

僅かにサンジが呻いた。

「体が柔らかいな。これは楽しめそうだ。」

オーナーが感嘆の声を漏らす。

「綺麗にしてあげます、サンジ…。綺麗に…。綺麗にね…。私の手で、あなたを綺麗にしてあげます…。」

ピアノ弾きがいっぱいに広げられたサンジの足の間に屈み込むようにして、陰毛を剃り始める。

「は…。野郎の股座に顔突っ込むのがそんなに楽しいかよ。」

サンジが面白くなさそうに吐き捨てた。

それでも、その口元に浮かんだ嫌悪感は隠しようも無い。

噛んだ唇が小さく震えている。

「ええ、楽しいですよ…。とても…ね。」

ピアノ弾きは、跪いて、病的なほど熱心に、丁寧に、サンジの毛を剃っている。

その態度は恭しくすらあって、さっきサンジを犯した凶行とはあまりにもちぐはぐだ。

それでもこれらの行為は、男の中では筋が通っているのだろう。

サンジの股間に思い切り顔を近づけて陰毛を剃るピアノ弾きは、今にも鼻歌でも歌いだしそうなほど機嫌がいい。

サンジの股間を剃りながら、「震えていますよ、サンジ。」と揶揄するように言ったり、「本当にあなたは美しい。」とうっとりと呟いたり、自分の行為に夢中になっている。

やがて、ピアノ弾きはサンジの股間を心ゆくまで剃りあげると、満足そうな顔で立ち上がった。

オーナーが横から覗き込んで、「ほう。」と感心したような声を出す。

「ヒゲがなくなっただけで、これほどとは。」

これは高い値がつきそうだ、と、オーナーは笑いながら言い、不意に、

「どうかね? ロロノア・ゾロ。」

と、拘束台をくるりと回した。

反射的に頭を上げたゾロの目の前で、さっきまで横顔しか見えなかったサンジの正面があらわになる。

目を見開いてゾロを見るサンジの顔からは、見慣れたあのちょびちょび生えたあごひげがない。

たったそれだけで、サンジは驚くほど幼く見えた。

つるりと整った顔立ちは、少女のように優しげにすら見える。

こんなに可愛らしく見えるんじゃあ、サンジがひげを生やすはずだ、と頭のどこかで納得しながら、ゾロはサンジから目を離せなかった。

ほとんど見蕩れていたといっていい。

大きくあられもなく開かされた股間も綺麗に剃りあげられて、縮こまった性器が丸見えになっている。

それはオーナーの言ったとおり、信じられないほどにピンク色をしていた。

子供のように毛の無い股間をしているくせに、大人の性器は萎えていてもちゃんと亀頭を露出させていて、そのくせ初々しいほどにピンク色で、そのアンバランスさが、恐ろしくエロティックだった。

つるんとした陰嚢の下の小さな蕾までもがあらわになっている。

やけに痛々しく赤くなっていて、ゾロに先刻の陵辱を思い出させた。

こんな小さなところに、あの男は性器を突っ込んだのだ。

ゾロが息を呑んで凝視していると、サンジが唇を噛んで目をそらした。

くそっ…、と小さく呟く。

サンジの全身が見る見る薄桃色に染まっていく。

 

目をそらさなくては。と、頭の中では思うのに、目の前で劇的に染まる白い体はあまりにも扇情的で、ゾロはごくりと喉を鳴らした。

 

その音を耳にしたとたん、サンジの目が大きく見開いて、薄く染まった体がびくりと震える。

 

その瞬間。

 

「あっ…!?」

サンジの焦ったような声。

こぷり、と微かな音とともに、サンジの後孔から白い残滓がとろりと一筋あふれ出た。

先刻の陵辱の、名残。

まだ体の中に残っていたのか。

サンジの白い顔が、羞恥のあまり、更に真紅に染まる。

それを隠したくとも、拘束されたサンジの足は大きく開かされていて、それがかなわない。

耳まで真っ赤になりながら、サンジはゾロを睨みつけてきた。

見るな、とその瞳は雄弁に語っているのに、ゾロは、サンジのその顔からも目をそらせなかった。

ひげを剃られただけで、少女のように幼くなったサンジの顔。

その顔を耳元まで真っ赤に染めながら睨んでこられても、その幼さがより強調されるだけだ。

普段のサンジのふてぶてしさなど、かけらも感じさせない。

下半身に熱が集まるのを感じて、ゾロは何とか気を散らそうと、慌てて大きく息をついた。

 

馬鹿な。

コック相手に勃ってる場合か。

 

「くふ。」

ピアノ弾きが笑った。

「ふふふふふふふふふ。」

愉快でたまらないように。

「ほら。ほら、ね。私の方が、海賊狩りなんかより、ずっとずっと、サンジを綺麗にしてあげられるでしょう?」

ピアノ弾きが、サンジの後孔から垂れる白濁液を指で掬い取った。

サンジの体が跳ねる。

ピアノ弾きは、指についた精液をサンジの胸元になすりつけた。

その指でサンジの乳首をぐりぐりと押しつぶす。

ざあっとサンジの腕に鳥肌が立つのが、ゾロから見えた。

「あァ…サンジ…。あなたはとても綺麗だ…。」

「まったくだ。」

自分の残滓をサンジの肌になすり続けるピアノ弾きを見ながら、オーナーが薄笑いを浮かべながら何かを手にした。

 

「ついでに体の中も綺麗にしてあげなくてはな。」

 

ぎょっとしてゾロとサンジがオーナーを見ると、その手に握られているのは、長い管状のポンプのような、浣腸器だった。

 

2005/06/07
改定 2008/12/22

 


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