【8】

 

神輿に乗せられたまま島を一回りさせられたサンジは、すっかり疲弊していた。

体力には自信があったが、何しろ使う体力の質がいつもとはまるで違う。

長時間同じ姿勢で安定の悪い神輿に座らせられ続けた上に、その間中、笑顔でいなければならない。

一瞬たりとも、疲れた顔をしてはいけない、と言われた。

それに、疲れているのは神輿の両端に乗った娘達も同じだろう。

この子達などはずっと立っていなくてはならない。

神輿の担ぎ手に至っては、いくら何人もの筋骨逞しい男達とはいえ、それでなくても重量のある神輿に、人間を三人も乗せて担ぎ、ずっと歩き続けなければならないのだ。

この中では一番楽な自分が、疲れた顔などするわけにはいかない。

 

それにしても疲れた。

なんというか、神経が疲れた。

 

昨夜、サンジが神殿の奥に連れていかれた後、まず求められたのは“身を清める”ことだった。

タバコは真っ先に取り上げられた。

元の巫女に、笑顔で渡されたものを見た時は、サンジはその場で首をつって死にたくなった。

 

──────浣腸。

 

羞恥に耐えながらサンジはそれを受け取り、半泣きでトイレに篭もって腸の中を綺麗にした。

すると、今度は浴室に連れていかれた。

ああ、風呂に入れってことか、と一人で脱衣所に入ろうとすると、なんと、その巫女まで一緒に脱衣所に入ってきた。

サンジが軽くパニックに襲われていると、脱衣所には既にもう一人別の女性が待機していた。

そしてあろうことか、レディ二人は、よってたかってサンジの服を脱がせ始めた。

「待って! ちょっと待って!!」とおたおたしている間に、巫女達はてきぱきとサンジを全裸にした。

それだけでもう、サンジは気が遠くなりかけていたのに、巫女達は、「お清めします」と、浴室でサンジの体をいい匂いのする水で丁寧に洗いだした。

冗談じゃない。いくらゾロに惚れていても、サンジは究極のフェミニストだ。レディ至上主義だ。

見ず知らずの男の体をレディに洗わせるなんて冗談じゃない、と必死に抵抗したのに、巫女達も「しきたりですから」と譲らなかった。

あげく、剃刀を持ち出して、サンジのヒゲと脛毛を剃ろうとしたので、ついにサンジは泣きながら浴室中を逃げ回った。

あまり目立たない金色の毛が幸いして、なんとか剃毛は許してもらったが、頭の先からつま先まで綺麗に洗い終えられる頃には、サンジの魂はもう、だいぶ抜けかかっていた。

礼拝堂と称する神殿の奥の小部屋でやっと一人きりになれた時は心底ほっとした。

その部屋は、天窓とベッドしかない白く狭い部屋だった。

ただそのベッドが恐ろしく豪華だった。

何人用だと疑問が浮かぶほどにバカでかく、ほぼ部屋の中いっぱいにベッドだ。

そして布団もシーツも一流ホテルのそれよりも上質で、ふかふかしている。

ベッドの脇に申し訳程度にサイドテーブルがあり、茶器が置かれている。

建前上は、巫女はこの部屋で一晩祈願をして翌日の儀式に望むとなってはいるが、実際はゆっくり休むための部屋なのだと説明された。

「明日は一日体力勝負になります。今日の内に、よくお休みになってください。」

元の巫女にそう言われ、サンジは遠慮なく、贅沢なベッドの上でゆっくりと眠らせてもらった。

その時の眠りだけが唯一の救いだった。

翌日は朝から地獄だった。

まず、「儀式が終わるまで肉類は口に出来ません」と言われ、花の香りのするお茶と果実を与えられた。

神輿に乗る仕度は、またも元の巫女達二人の手によって行われた。

聞けば、もう一人の女性は去年の巫女で、前回と前々回の巫女が、女官として新しい巫女の世話をするしきたりになっているのだと言う。

そのしきたりのおかげで、サンジは再びレディの前で全裸になる羽目になった。

女官達は実に手際よく、ぽいぽいとサンジの服を脱がせていく。

抵抗しようとすると、優しく、だが容赦なくたしなめられる。

フェミニストのサンジは、それだけで言いなりになってしまう。

せめてタバコだけでも吸わせてもらえないかと哀願したが、にべもなく断られた。

ちょっと前かがみの、両手で股間を隠した情けない格好で、サンジは全身を飾られていく。

普段、潮風に吹かれっぱなしの髪は、島の乙女達が使うという甘い匂いのするオイルの塗られた櫛で、丁寧に丁寧に、毛先までさらさらと艶やかに輝くまで梳られ、整えられた。

女官達が二人ともうっとりとした溜息をついた。

「本当に美しい御髪ですこと。」

「この島では金の髪は珍しいんですよ。」

レディにこんな目で見られたら、いつものサンジなら即メロリンだ。

でも、あられもない全裸をお見せしてしまった今は、そんな気にすらなれない。

「なんて白いお肌でしょう。」

「ああ、お髭だけでもお剃りしたかったのに。」

そう言いながらも、女官達は、サンジの肌に薄くファンデーションを塗り、瞼を蒼いシャドウで彩り、唇に、淡い色の光沢のあるグロスを塗った。

鏡の中に男なのか女なのかわからない自分の顔を見て、サンジは思わずげんなりした。

サンジが常日頃から自分に求めたいと思っているところの「ダンディ」とか「王子様」とかとは程遠い、自分の顔。

むしろ、こうして化粧を施されてしまうと、コンプレックスでしかなかった、線の細さや華奢な印象が強調されているようで、やりきれない。

そんなサンジの内心を置いてきぼりにして、女官達はサンジの肌にアクセサリーを付け始めた。

細い鎖が何連にもなっているデザインが基調のそれらでサンジの全身を飾っていきながら、レディ達は、

「神話では、“荒ぶる神はまろうどを宙に繋ぎ、交わった。”とされています。この装飾品は宙に繋ぐ時の鎖を模していて、だから、月神の巫女は全身に鎖を基調とした装飾品を纏うんですよ。」

と説明してくれた。

 

体中にじゃらじゃらとアクセサリーをつけられ、どれだけつけんのかな、とサンジが思い始めた時、女官がふと手を止めた。

困ったような顔をして、もう一人と何やら相談しあっている。

「…どうしても私達よりはお小さいし…。」

「じゃあ、私がお立たせして…」

「そうね…。」

なんだろう、と思っていると、女官は、アクセサリーを一つ持って、

「巫女様。失礼いたしますね。」

と言うなり、その白魚のような指で、サンジの乳首をつまんだ。

「…ッッ!」

あやうく声を出しそうになるのを、こらえる。

「な、なに、何を…。」

「ごめんなさい。少し我慢なさってくださいね。」

女官の指は、サンジの乳首を摘まんで、くにくにと愛撫としかいえない動きを繰り返す。

その微妙な刺激に、サンジは動揺した。

下半身が、反応しそうだ。

いかんいかん、と、サンジは奥歯を噛み締めて耐える。

乳首が固くなり、つんと立ち上がると、女官は手に持ったアクセサリーで、ぱちん、とサンジの乳首を挟んだ

うっ、とまた声が漏れそうになる。

 

あァそうか、レディのと違って男の乳首は小さくて挟みにくいから。

 

そうは理解したのだが、女官のしなやかな指でそんなところをくにくにされるのは本当にやばい。

女官の指は、逆の乳首も同じように刺激してきたが、サンジはもう、必死で考えを散らして、下半身が勃起してしまわないように努力しなければならなかった。

 

そうして全身を細い鎖のアクセサリーで飾られたあと、頭から薄いベールを被せられる。

その上から更に、ムーンストーンの天冠を乗せられる。

 

こうしてやっと、サンジの巫女仕度は出来上がったのだった。

 

 

この時点でもう、サンジは既に疲労困憊していた。

しかし、儀式はこれからまだまだ長い。

何しろこれから、神輿に乗せられて、全裸を人様にお見せしながら、笑っていなくてはならないのだ。

いつもの自分だったら2秒で激ギレしている。

それを耐え抜くのは、相当の精神力を必要とした。

 

海賊である自分が、善良そうな婆さんに、「おかんなぎ様。おかんなぎの巫女様。」と拝まれているのがもう、とんでもなくいたたまれない。

勘弁してくれ、と何度思ったろう。

おまけにサンジのフェミニスト精神は、自分だけが座って、両端の女性が立っている、という事実に悲鳴を上げている。

冗談じゃねェ。

レディを立たせておいて俺だけが座っているなんて。

思わずその場を立って、女官達に場所を譲りたくなってしまう。

実際、サンジは「座ってください。お姉様方〜」とうっかりやってしまい、女官二人から同時に叱られた。

しかもサンジの衣装はほぼ全裸なので、立ち上がると、あまりお見せしたくないものをレディにお目にかけてしまうことになる。

それを思い出して、今度はレディの前ではしたない格好をしていると言う事実に、穴掘って隠れたくなる。

それらを全て根性で押し殺して、笑顔を作らなければならない。

死ねと言われた方がどれだけ楽だろう、という気すらしてくる。

そのレディ達が口々に「巫女様お美しいですわ。」と言ってくるのもまたいたたまれない。

「君の方がまるでミューズのように可愛いよ〜ん♪」とやったら、またたしなめられた。

レディどころか、沿道の人々や、担ぎ手の野郎どもまで、サンジに対して美しい美しいを連呼するのだ。

どこがだ、と頭をかきむしりながらわめき散らしたくなる。

どう見たって自分よりも両端のレディ達の方が格段にお美しいに決まっているだろう。

女官達は、二人ともが、島の全ての娘が憧れる巫女に選ばれた事があるだけあって、そりゃあもうお綺麗なのだ。

しとやかで、たおやかで、洗練されている。

シンプルな女官の衣装を身につけていたって、その美しさは隠しきれていないほどなのだ。

そんな女官達に、美しいと誉めそやされる、このいたたまれなさ。

いたたまれない。

とにかくいたたまれない。

何もかもがいたたまれない。

ああ、タバコ吸いてぇよう。

一日中、そんないたたまれなさに苛まれていたサンジは、もうこの後、男に犯されようがなんだろうが、大した事じゃないかも、と半ば投げやりにすらなっていた。

 

─────おまけにこんなみっともねェ格好をゾロに見られちまうし。

 

思い出すだけでへこんでくる。

やけくそで笑顔を作ったサンジを、まるで射殺すような鋭い視線で睨んできたゾロ。

 

─────ありゃ軽蔑されたな…。

 

サンジがレディ等とはしゃいでいると、あの男は必ずあんな目で、サンジを小馬鹿にする。

たぶん、自分のちゃらちゃらと浮ついたところが嫌いなんだろうとサンジは思う。

 

けれどさっきのゾロの目は、かつてないほど冷たくぎらついた目だった。

 

まさに逆鱗に触れたかのような印象。

 

─────俺が祭に浮かれて神輿に乗って調子に乗ってるとか、そんなとこだろうな…。あいつが考えてるのなんて。

 

信用されてないのなんて百も承知だけれど。

惚れた相手に軽蔑されるのはやはりそれなりに堪える。

 

─────でもまぁ…この気持ちにケリつけるいい機会かもしんねェ…

 

想うべきではない人を、想ってしまった。

欲するべきではない絆に、焦がれてしまった。

 

このままこの想いを抱えていたら、胸の中でどんな化け物に育つかしれない。

 

そうなる前に、粉々に打ち砕いてしまった方がいいのだ。

 

─────野郎に掘られるってのも、考えてみりゃ好都合なのかもしれねェ。

 

きっと自分だって思い知るだろう。

同性を想うことの限界に。

 

そう思うのに。

 

─────これからケツ掘られるってことより、ゾロに軽蔑されたってことの方がショックかもしんねェ…俺…。

 

自分の業の深さにほとほと呆れてしまう。

それでも顔だけは笑顔を作る。

沿道の人々が見ているから。

 

 


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