夢を紡ぐ罪人達ゆめをつむぐつみびとたち

 

- 5 -

 

「お前が…こいつと…?」

 

まじまじとナミを見返すゾロ。

「ナ、ナミ…、ナミさん…っ、ナミさんが、お、俺と…?」

完全に舞い上がっているサンジ。

信じらんねェ、夢みてェ、を繰り返すサンジを尻目に、ゾロは、じっとナミを見つめた後、静かに、

 

「てめェが男と寝れるのか?」

 

と言い放った。

 

今度はナミが強張る番だった。

 

言外に、「俺とは失敗したのに?」と言われている事を悟り、唇を噛む。

「………試してみる?」

ゾロを睨みつけたまま、ナミは、サンジの首にするりと腕を絡めた。

「ナ…ミさ… !」

うろたえたような、サンジの声。

普段ラブコックを自称しているくせに、妙にうぶい反応に、ナミは心のどこかでほっとしている自分を感じた。

 

できるかもしれない。サンジくんとなら。

 

だが、ナミがサンジに口付けしたとたん、それは霧散した。

唇が触れあい、ナミの舌がサンジの唇を割った瞬間、サンジが、思いもかけぬ力強さで、ナミの体を抱きすくめたのだ。

我を忘れたように、ナミの唇を貪るサンジ。

「ナミさん……ナミ…さん… っ…」

キスの合間の荒い吐息の中で、サンジが囁く。

そして、サンジの指が、ナミのタンクトップの裾を割り、その肌に触れた瞬間、

 

ナミの心を恐怖が襲った。

 

ナミの脳裏に蘇る、悪夢。

 

魚人の嘲笑わらい声。

肌を這いまわるぬめる感触。

体を貫く激痛。

嘲笑わらい声。

遠くに聞こえる自分の悲鳴。

歯を食いしばって耐えた涙。

嘲笑わらい声。

羞恥。

嫌悪。

憎悪。

殺意。

屈辱。

恐怖。

屈服。

嘲笑わらい声。

嘲笑わらい声。

嘲笑わらい声。

嘲笑わらい声。

嘲笑わらい声。

嘲笑わらい声。

 

「─────────────ッッ!!!」

サンジが異変に気がついて慌ててナミから体を離すと、ナミは全身に冷たい汗をかいて、蒼白になってがたがたと震えていた。

「ナミさんっ!?」

焦ってナミの体を揺さぶるサンジ。

小さくため息をつくゾロ。

ナミはそのまま、ずるずると床にへたり込んだ。

 

サンジが急いで冷たい水を持ってくる。

かちかちと震える歯がグラスにぶつかるのを必死で押さえて、ナミはその水を飲んだ。

「大丈夫…? ナミさん…。」

サンジが顔を覗き込む。

「ごめんね、ナミさん、ごめん…。」

何度も何度も謝りながら、サンジがナミの髪を撫でる。

「…違う…。サンジ君は何も悪くない…。」

ナミは、やっとそれだけを答える。

動悸はまだ治まらない。

 

以前、ゾロに迫った時と全く同じだった。

あの時も、ゾロがいざ事に及ぼうとすると、ナミは今と同じようにパニックに陥り、ゾロを受け入れられなかった。

相手はアーロンではない。意に染まぬ陵辱をされているわけでもない。頭では分かっているのに、相手が肌に触れた瞬間、脳裏にアーロンの笑い声が蘇る。

心の中が、あの頃と同じ闇の感情に支配される。

皮肉な事に、ナミは、陵辱でしか体を開けなくなっていた。

自分から男を誘おうとすると必ず、心とは裏腹に身体は強張り、相手を拒絶した。

ゾロとの時は、ナミはまだアーロンの支配下にあった。

もしあの時、ゾロとSEXできてたとしたら、ゾロは、ナミの体に消えずに残っていたアーロンから受けた生々しい情交の痕を見ただろう。

だけど今は、もうアーロンはいない。

ナミを脅かす者はもうなく、ナミはかけがえのない仲間と共に過ごしている。

涙をこらえる必要もない。

たった一人で戦わなくてもいい。

守られている。

なのに…。

 

────あたしは、もう、“人”に抱かれる事はできなくなっているの?

 

ナミの心を絶望が覆う。

 

「言わんこっちゃねェ…。」

小さく、ゾロが呟いた。

瞬間、弾かれたようにナミが顔をあげた。

 

「あんたに何がわかるって言うのよ!!!!」

「あたしを抱くことも出来なかったくせに!!!」

「魚人に犯された女には欲情も出来ないってわけ?!!!」

「自分が汚れてるのなんて、自分が一番よく分かってるわよ!!!」

 

もう、何を言ってるのかわからなかった。

ただもう心からあふれた激情のままに怒鳴り散らす。

その一方で、頭のどこか遠いところに、ほんの少しだけ冷静な自分がいて、ああ何言ってるんだろうあたし、とか、突然アーロンの事なんて言い出して二人ともびっくりしてるんだろうな、とか、ゾロのせいじゃないのにな、とか、しまったサンジ君の前でゾロと寝ようとしたこと言っちゃったよ、とか、さすがにあたしが魚人に犯されたなんて話は二人とも引くよね、とか、そんな事を考えている。

「おい、俺は何もそんな…。」

言いかけたゾロを、不意にサンジの手が止めた。

床にへたり込んでいるナミの前に跪いて、その両手を取り、手の甲にやさしくキスをする。

「サンジ、くん…?」

 

「ナミさんは汚れてなんかない。」

 

きっぱりと言いきった。

「ナミさんは綺麗だよ。村のみんなの為に、歯を食いしばって、いろんな事に耐えて、生き抜いたナミさんは、すごく綺麗だ。俺なんかもう眩しいくらいだ。どこも汚れてなんかいない。光り輝くような美の女神だ。」

ばかばかしいほど歯の浮くようなセリフを、サンジは真顔で言う。

「…綺麗なんかじゃないわ。」

「綺麗だよ。」

「体中犯されたわ。」

「綺麗だよ。」

「アーロンだけじゃないわ。魚人たちみんなに、輪姦まわされたわ。」

「ナミさんは綺麗だ。」

「…海賊にも犯されたわ。」

「! …ナミさ…」

「泥棒に入って…見つかって…。」

 

 

「ナミ!!! どうしたの、ひどい傷!」

「うん、ちょっとドジっちゃった。でも見て、これで100万ベリー!!」

「そんなことより早く傷の手当てしなきゃ!!」

 

 

「よってたかって、犯されたわ。」

「ナミさん…。」

「魚人も、海賊も…殺してやるって思ってた。」

「ナミさん…。」

「8年間ずっと…。」

いつしか、ナミの瞳からは涙が溢れていた。

「だけど一番辛かったのは…」

ナミの喉が、しゃくりあげる。

 

「魚人に犯されて… イッた事…」

 

「─────…」

サンジが息を呑む気配に、ナミはもう俯いたきり、頭を上げられなかった。

 

サンジ君はきっと軽蔑する。

サンジ君だけじゃない。ゾロも。

 

繰り返された陵辱に、いつしか体は慣れていく。

少女の体は女に成長していく。

幼い乳房は大きく丸く膨らんでいく。

腰も丸みを帯びてくる。

固く強張っていた体も、柔らかく濡れてくる。

 

愛撫に答える女の体へと。

 

アーロンはナミを暴力的に犯しただけではなかった。

時間をかけてゆっくりと。

優しいといえるほどに執拗に。

そうしてナミが屈辱に震えながら絶頂に達した瞬間、腹の底から嘲笑ったのだ。

浅ましい女、淫乱女、と。

「あ…たしは…、快楽に負けて…、自分から…、アーロンに…ねだった、のよ…、」

 

 

「あ… あっ ん… あ、もう、あっ…!」

「どうした? どうしてほしいんだ?」

「い、いや…っ…」

「自分の口で言え。言わなきゃ俺は動かねェぞ。」

「お、お願… い、イか…せ…て…!」

 

 

「あたしはっ…!」

「ナミさん。」

次の瞬間、ナミはびくりと全身を震わせた。

 

サンジが、ナミの頬を伝う涙に、口付けていた。

 

サンジのキスは、頬に触れ、瞼に触れ、鼻先に触れ、唇に触れて、…離れた。

「サンジ君…。」

「ナミさんは綺麗だ。」

サンジが優しく微笑んで言った。

その透き通るような蒼い瞳には、軽蔑も嘲りも浮かんではいない。

「サンジくっ…!」

たまらず、ナミがサンジに抱きついた。

嗚咽が漏れる。

「サンジ君…、サンジ君…」

泣きじゃくるナミの肩を、サンジが優しく抱きながら、子供をあやすように、トントンと叩く。

 

誰にも言えない、と思っていた心の枷が、ナミの中でゆるゆると溶けていく。

 

「サンジ君… お願いが、あるの…。」

ひとしきり泣いた後、ナミが、まだ少ししゃくりあげる声で言った。

「なんなりと。ナミさん。」

サンジが笑顔で答える。

するとナミは、ちらりと、忘れられたようにテーブルで酒をあおっている、仏頂面の剣士に目をやってから、サンジに視線を戻して言った。

 

「………抱いてほしいの。」

2003/12/03


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