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「お前が…こいつと…?」
まじまじとナミを見返すゾロ。
「ナ、ナミ…、ナミさん…っ、ナミさんが、お、俺と…?」
完全に舞い上がっているサンジ。
信じらんねェ、夢みてェ、を繰り返すサンジを尻目に、ゾロは、じっとナミを見つめた後、静かに、
「てめェが男と寝れるのか?」
と言い放った。
今度はナミが強張る番だった。
言外に、「俺とは失敗したのに?」と言われている事を悟り、唇を噛む。
「………試してみる?」
ゾロを睨みつけたまま、ナミは、サンジの首にするりと腕を絡めた。
「ナ…ミさ… !」
うろたえたような、サンジの声。
普段ラブコックを自称しているくせに、妙に
できるかもしれない。サンジくんとなら。
だが、ナミがサンジに口付けしたとたん、それは霧散した。
唇が触れあい、ナミの舌がサンジの唇を割った瞬間、サンジが、思いもかけぬ力強さで、ナミの体を抱きすくめたのだ。
我を忘れたように、ナミの唇を貪るサンジ。
「ナミさん……ナミ…さん… っ…」
キスの合間の荒い吐息の中で、サンジが囁く。
そして、サンジの指が、ナミのタンクトップの裾を割り、その肌に触れた瞬間、
ナミの心を恐怖が襲った。
ナミの脳裏に蘇る、悪夢。
魚人の
肌を這いまわるぬめる感触。
体を貫く激痛。
遠くに聞こえる自分の悲鳴。
歯を食いしばって耐えた涙。
羞恥。
嫌悪。
憎悪。
殺意。
屈辱。
恐怖。
屈服。
「─────────────ッッ!!!」
サンジが異変に気がついて慌ててナミから体を離すと、ナミは全身に冷たい汗をかいて、蒼白になってがたがたと震えていた。
「ナミさんっ!?」
焦ってナミの体を揺さぶるサンジ。
小さくため息をつくゾロ。
ナミはそのまま、ずるずると床にへたり込んだ。
サンジが急いで冷たい水を持ってくる。
かちかちと震える歯がグラスにぶつかるのを必死で押さえて、ナミはその水を飲んだ。
「大丈夫…? ナミさん…。」
サンジが顔を覗き込む。
「ごめんね、ナミさん、ごめん…。」
何度も何度も謝りながら、サンジがナミの髪を撫でる。
「…違う…。サンジ君は何も悪くない…。」
ナミは、やっとそれだけを答える。
動悸はまだ治まらない。
以前、ゾロに迫った時と全く同じだった。
あの時も、ゾロがいざ事に及ぼうとすると、ナミは今と同じようにパニックに陥り、ゾロを受け入れられなかった。
相手はアーロンではない。意に染まぬ陵辱をされているわけでもない。頭では分かっているのに、相手が肌に触れた瞬間、脳裏にアーロンの笑い声が蘇る。
心の中が、あの頃と同じ闇の感情に支配される。
皮肉な事に、ナミは、陵辱でしか体を開けなくなっていた。
自分から男を誘おうとすると必ず、心とは裏腹に身体は強張り、相手を拒絶した。
ゾロとの時は、ナミはまだアーロンの支配下にあった。
もしあの時、ゾロとSEXできてたとしたら、ゾロは、ナミの体に消えずに残っていたアーロンから受けた生々しい情交の痕を見ただろう。
だけど今は、もうアーロンはいない。
ナミを脅かす者はもうなく、ナミはかけがえのない仲間と共に過ごしている。
涙をこらえる必要もない。
たった一人で戦わなくてもいい。
守られている。
なのに…。
────あたしは、もう、“人”に抱かれる事はできなくなっているの?
ナミの心を絶望が覆う。
「言わんこっちゃねェ…。」
小さく、ゾロが呟いた。
瞬間、弾かれたようにナミが顔をあげた。
「あんたに何がわかるって言うのよ!!!!」
「あたしを抱くことも出来なかったくせに!!!」
「魚人に犯された女には欲情も出来ないってわけ?!!!」
「自分が汚れてるのなんて、自分が一番よく分かってるわよ!!!」
もう、何を言ってるのかわからなかった。
ただもう心からあふれた激情のままに怒鳴り散らす。
その一方で、頭のどこか遠いところに、ほんの少しだけ冷静な自分がいて、ああ何言ってるんだろうあたし、とか、突然アーロンの事なんて言い出して二人ともびっくりしてるんだろうな、とか、ゾロのせいじゃないのにな、とか、しまったサンジ君の前でゾロと寝ようとしたこと言っちゃったよ、とか、さすがにあたしが魚人に犯されたなんて話は二人とも引くよね、とか、そんな事を考えている。
「おい、俺は何もそんな…。」
言いかけたゾロを、不意にサンジの手が止めた。
床にへたり込んでいるナミの前に跪いて、その両手を取り、手の甲にやさしくキスをする。
「サンジ、くん…?」
「ナミさんは汚れてなんかない。」
きっぱりと言いきった。
「ナミさんは綺麗だよ。村のみんなの為に、歯を食いしばって、いろんな事に耐えて、生き抜いたナミさんは、すごく綺麗だ。俺なんかもう眩しいくらいだ。どこも汚れてなんかいない。光り輝くような美の女神だ。」
ばかばかしいほど歯の浮くようなセリフを、サンジは真顔で言う。
「…綺麗なんかじゃないわ。」
「綺麗だよ。」
「体中犯されたわ。」
「綺麗だよ。」
「アーロンだけじゃないわ。魚人たちみんなに、
「ナミさんは綺麗だ。」
「…海賊にも犯されたわ。」
「! …ナミさ…」
「泥棒に入って…見つかって…。」
「ナミ!!! どうしたの、ひどい傷!」
「うん、ちょっとドジっちゃった。でも見て、これで100万ベリー!!」
「そんなことより早く傷の手当てしなきゃ!!」
「よってたかって、犯されたわ。」
「ナミさん…。」
「魚人も、海賊も…殺してやるって思ってた。」
「ナミさん…。」
「8年間ずっと…。」
いつしか、ナミの瞳からは涙が溢れていた。
「だけど一番辛かったのは…」
ナミの喉が、しゃくりあげる。
「魚人に犯されて… イッた事…」
「─────…」
サンジが息を呑む気配に、ナミはもう俯いたきり、頭を上げられなかった。
サンジ君はきっと軽蔑する。
サンジ君だけじゃない。ゾロも。
繰り返された陵辱に、いつしか体は慣れていく。
少女の体は女に成長していく。
幼い乳房は大きく丸く膨らんでいく。
腰も丸みを帯びてくる。
固く強張っていた体も、柔らかく濡れてくる。
愛撫に答える女の体へと。
アーロンはナミを暴力的に犯しただけではなかった。
時間をかけてゆっくりと。
優しいといえるほどに執拗に。
そうしてナミが屈辱に震えながら絶頂に達した瞬間、腹の底から嘲笑ったのだ。
浅ましい女、淫乱女、と。
「あ…たしは…、快楽に負けて…、自分から…、アーロンに…ねだった、のよ…、」
「あ… あっ ん… あ、もう、あっ…!」
「どうした? どうしてほしいんだ?」
「い、いや…っ…」
「自分の口で言え。言わなきゃ俺は動かねェぞ。」
「お、お願… い、イか…せ…て…!」
「あたしはっ…!」
「ナミさん。」
次の瞬間、ナミはびくりと全身を震わせた。
サンジが、ナミの頬を伝う涙に、口付けていた。
サンジのキスは、頬に触れ、瞼に触れ、鼻先に触れ、唇に触れて、…離れた。
「サンジ君…。」
「ナミさんは綺麗だ。」
サンジが優しく微笑んで言った。
その透き通るような蒼い瞳には、軽蔑も嘲りも浮かんではいない。
「サンジくっ…!」
たまらず、ナミがサンジに抱きついた。
嗚咽が漏れる。
「サンジ君…、サンジ君…」
泣きじゃくるナミの肩を、サンジが優しく抱きながら、子供をあやすように、トントンと叩く。
誰にも言えない、と思っていた心の枷が、ナミの中でゆるゆると溶けていく。
「サンジ君… お願いが、あるの…。」
ひとしきり泣いた後、ナミが、まだ少ししゃくりあげる声で言った。
「なんなりと。ナミさん。」
サンジが笑顔で答える。
するとナミは、ちらりと、忘れられたようにテーブルで酒をあおっている、仏頂面の剣士に目をやってから、サンジに視線を戻して言った。
「………抱いてほしいの。」
2003/12/03