ふぅ・・・
バスタブに浸かると思わず息が零れる。
こんなにお風呂で癒されるなんて、私も随分と日本に慣れて来たのかしら。
はぁ・・・
あたしはピカピカに磨かれたこのバスルームを見渡す。
ゆったりと足を延ばせるバスタブに充実したアメニティ。
お湯も勢いよく出て来るし、流石は世界に名の通ったホテルだけの事はあるわね。
スィートルームだから広さも十分だし。
くすっ。
まさか本当にスィートを取るなんて思わなかったけど。
彼は真面目過ぎるのかも。
着替えを用意して部屋に持って来るように言ったけど、本当に来てくれるかな?
遠回しに誘ったって事に気づいてるのかしら?
和晴にも気付かれたほど露骨に誘ったつもりだったんだけど。
パーティはまだ終わっていないだろうし、秘書課の彼は忙しくてこっちに来る暇なんてないかしら?
明日は仕事があるし。
でも、来て欲しい。
久し振りなんだもの。
はぁぁ・・・
彼はやっぱり嫌なのかしら。
上司の、離婚して関係ないとは言え、娘と関係するなんて。
彼は最初から私が上司の娘だと知っていたし、誘ったのも私からだし。
正直にNOと言えなくて付き合ってくれているのかしら?
でも、私と付き合っていても彼にメリットはない筈だけど。
父親とはDNA以外には何も繋がりが無いから。
私自身の財産と言っても、母親の実家は少しばかりの土地と株があるだけだし。
それも本国に帰ればの話で。
日本に居る私には貰っているお給料以外の収入なんて大してありはしない。
正直な話、靖治の彼女じゃないけど、この部屋の支払いだって自分で出すとなるとちょっと痛いかもと心配になる。
でも、まさか会社持ちにする訳にもいかないし、父親も出してはくれないだろうし、彼に負担させるのももっての外よね。
貧乏な訳じゃないけどちょっぴり不安だわ。
はふぅ・・・
逆上せちゃうから上がろうかな。
彼がいつ来てくれてもいいように支度をしなくちゃ。
髪を丁寧にブローして、さり気なく薄化粧をして。
日本人にはあり得ない私の髪の色。
こっちの人は金髪だと言ってくれるけど、正確にはちょっと違う。
ブロンドはブロンドでもチェリーブロンドと呼ばれるもので赤みがかってるの。
普段から手入れを怠っていないけど、彼は気に入ってくれてるのかな?
日本人はシャイだから、特に男性は、あまり褒めて貰ったりした事が無い。
向こうでは一応、美人だと言われていたんだけど。
彼は一度もそう言ってくれてないわ。
はぁぁぁ・・・
私は鏡の前で洗面台に手を付いてガックリと項垂れた。
スタイルだって悪くないと思っているのよ。
胸だって小さくないし、括れはあるし、お腹が出ている訳でもないんだから。
今日だって、着ていたドレスは胸と背中を大きく露出させていたのに彼は平気な顔をして私を見てた。
他の男の人達は私を見ると顔を真っ赤にさせて目を逸らせていたって言うのに。
まぁ、和晴も平然としてたけど、あれは弟だし別格として、靖治は真っ赤になってたわ。
うん、あの子は純情だし。
もう一度、あのドレスを着てみるべきかしら?
二人っきりだったら、ちょっとは彼も反応してくれるとか?
無理かしら?
未だかつて彼が私の服装を見て何かコメントした事なんて無いんだもの。
それに、お風呂に入ったのに、またあのドレスを着るだなんて、あまり清潔じゃない気がするし。
誘うなら、バスローブだけの方が意図を伝え易いと思うんだけど。
ああ・・・
こんな風に、直接的だから駄目なのかしら?
大和撫子みたいに奥床しさが無いから引かれちゃってるのかしら?
でも、ただ指を咥えて誘われるのをじっと待っているだけなんて私には出来ないし。
でもでも、遊んでる女だと思われてるのも事実よね。
初めての時に驚いていたもの。
失礼よね、誘ったから経験済みとは限らないのよ。
私はこれでも向こうではお堅いお嬢様で通って来たんですからね。
高嶺の花だったのよ。
気安く男と付き合ったりはしていなかったんだから。
だから、解らない。
男の人を惹き付ける方法とか、繋ぎ止めておく方法とかが。
彼がどうして私の誘いを断らないのか、その理由が解らないの。
私の事、少しでも好きでいてくれるのかしら?
そうよ!
どうして彼は何も言ってくれないの?
ロンドンに留学する事を教えてくれた時に『戻って来るまで何も言えない』と言ったのに、戻って来ても何も言わないわ!
もう帰国して半年以上経っているのに!
好きとか愛してるどころか容姿も褒めてくれないって事は・・・上司の娘である私に逆らえないと思っているから?
でも、私にロンドン時間の時計をくれたり、未だに出張のお土産にくれるピアスには意味が無いの?
私が贈った時計やお花のお返しのつもりかもしれない・・・
情けない事に、ネガティブになり過ぎて泣きそうになってきた時、部屋のチャイムが鳴った。
「あら、早かったのね」
今までの思考を全て追い払ってニッコリと妖艶っぽく微笑んでドアを開ける。
ああ、私って見栄っ張りなのよね。
弱味を見せたくないの。
だから素直に彼の気持が聞けない。
だって正直に『本当は断れなくて』なんて言われたら立ち直れないもの。
「こちらでよろしいでしょうか?」
彼が頼んだ着替えを手渡してくれる。
このホテルに入ってる私の好きなブランドの袋に入ったビジネス向けのスーツ。
流石ね。
「ありがとう」
そうだわ、靖治の彼女だって着替えを持っている訳はないし、あの子が用意しているとも思えないから、頼んであげておいた方がいいわよね。
内線で頼めるかしら、ついでに下着もね。
ふふふっ、明日の朝、慌てふためく靖治の顔が思い浮かぶようだわぁ。
一人、悦に入っていると彼がフッと息を吐くのが聞こえた。
なあに?
「楽しんでいらっしゃいますね」
「あら、姉として弟の恋を応援してあげているのよ」
麗しい兄弟愛でしょ?
「でも、宜しいのでしょうか?靖治様には成島家との縁談が・・・」
あら、秘書のあなたとしては気に入らないの?
でもね。
「今時、政略結婚なんて馬鹿馬鹿しいにも程があるわ。第一、本当は政略じゃないでしょ?」
あの人の妄執でしょ?
あの人が、私の父親が手に入れる事が出来なかった女性。
彼女への執着が生み出した縁談ですもの。
政略結婚に託けるなんて姑息だわね。
どうして解らないのかしら?
好きな人とでなければ結婚したって上手くいかない事は自分自身で経験している癖に。
政略結婚で破綻した私の母親との結婚のように。
「それに、成島との縁談の相手は靖治じゃなくてもいいんじゃないかしら?和晴とかでも」
和晴はかなりその気みたいだけど。
「どこでそんな事を?」
あら、驚いてるわね。知らなかったの?
「この間、偶然見かけたのよ。二人が一緒の所を」
あの和晴が本気になっているように見えたから私だって驚いたのよ。
まさか、制服を着たお嬢さんを走って追いかけるなんて。
今までのあの子のお相手と言えば年上の話の分かり易そうな女性ばかりと聞いていたのに。
つまりは私みたいなタイプってことよね。
この人にも私は遊びで簡単に男と寝るような女だと思われてるのかな?
それならそうでご期待に応えなくてはね。
私は彼のきっちりと結ばれたネクタイの結び目に指を掛けて緩める。
「ねぇ、夜はそんなに長くないわよ」
夏の夜は短いのよ。
もう暗くなっているのに。
「明日も仕事がありますが」
彼の言葉に胸がチクリと痛む。
これって遠回しな拒絶なのかしら?
でも、私はそれに気づかない振りをする。
「早く眠りたいならベッドに行かなくちゃ」
彼の上着のボタンを外して、その中に腕を潜り込ませる。
身体を擦り寄せてシャツ越しに彼の身体を抱き締める。
煙草やお酒の匂いに消されそうな彼の香りを思いっきり吸い込む。
彼の愛用しているコロンの香り。
私の官能に火をつける香り。
バスローブしか身につけていない私の身体を押しつけて彼を誘う。
その気になって、お願いだから。
少し髭が生えかけている頬に指を這わせてキスを促す。
唇を少し開いたままにして。
「ん、んん・・・」
彼が私の髪の中に指を差し込んで、そのまま頭を掴むようにして顔を近づけキスをする。
唇を合わせると同時に、開いていた唇の中に舌が入り込んでくる。
待っていたそれを私の舌と絡み合わせる。
ピチャピチャといやらしい音を立ててキスをする。
鼻息が荒くなってくる。
もっと、もっと欲しいの。
もっと私を欲しがって。
彼の腕が私の身体を強く抱き寄せる。
背中に回されていた腕が腰に下りて私を持ち上げる。
顔の位置がずれて唇が離れてしまう。
お互いに熱くて深い息を吐き出す。
「あなたは本当に我が侭なお嬢様ですね」
今更な事を言って笑わないで。
思わず眉を顰めちゃうじゃないの。
でも、彼は抱き上げた私をちゃんとベッドルームまで運んでくれた。
そして、急く様に服を脱ぎ捨てる。
「私はシャワーも浴びていないんですよ」
知ってるわ。
「誘ったのは私なんだから、気にしてないわ」
だから、早く来て。
両腕を差し伸べれば、その中に入って来てくれる。
裸の彼の背中を抱き締める。
私の身体に圧し掛かる彼の重さ。
一瞬でも彼を手に入れられたと感じる瞬間。
でも彼はいつまでも私の身体の上に居てくれない。
私に重さを感じさせないように脚や腕で自分を支えてしまう。
私は潰れたりしないのに。
そんな彼の気の遣い方が私への遠慮のように思える。
ふと感じる不安も彼の指が私の頬を撫でると消える。
再び、熱くて深くて舌を絡ませるキスをしながら、彼の手がバスローブの紐を解いて私の胸を這いまわる。
「あぅん・・・ん、んん・・・」
ギュッと一度強く握られたけれど、その後は優しく揉み解すように触れる。
胸への愛撫に感じていると、いつの間にか胸の頂点を咥えられて甘噛みされている。
「はぁっ・・・い、んん・・・」
痛いのか気持ちいいのかよく解からないラインを彷徨う。
でも、辞めないで欲しい。
彼の舌が頂を舐め回してくすぐったい。
気持ちいいけど、胸ばかりじゃイヤよ。
脚を擦り合わせて、彼の背中に回していた腕を下げる。
ムズムズする場所にも触って欲しい。
まだ身に着けている彼のズボンのベルトを外す。
以前は慣れなくて上手く外せなかったけど、今では目を瞑っていたって外せるわ。
ズボンのファスナーを下して彼の下着の中に手を入れる。
熱くなっているソレをそっと撫でて促すと、彼の指が私の脚の間に入り込んでくる。
分かるでしょ?
もう、凄く濡れているのが。
じっと彼を見詰めていると、私の反応に微笑んでくれる。
「もう、ですか?」
こんな時まで敬語を使わないで。
私達が対等な立場の恋人同士じゃない事を思い知らされるようでイヤよ。
「はやく・・・ほしいの」
こんな不安な気持ちを早く埋めて欲しいの。
「ああっ・・・ああん」
何も着けなくたっていいのに、彼はいつもちゃんと準備を怠らない。
彼との子供・・・欲しくない訳じゃないけど、二人の覚悟がないままに出来てしまったら、子供が可哀そうよね、私みたいになってしまうから。
薄いゴム越しでも彼と繋がっているんだから、嬉しい筈なのに何だか涙がジワリと浮かんでしまう。
抱かれて嬉しいから、嬉し涙なのかしら?
それとも、やっぱり・・・悲しいのかしら?
彼に激しく突き上げられて浮かべた涙が零れる。
身体が熱くて激しく動いているのに、行為に集中してないって失礼な話だわ。
彼が好きなら、他の事なんて何も考えないでいられるはずなのに。
もう・・・駄目なのかな?
彼が離れると私はそっと顔を枕に埋めて殺した息を吐いた。
もう、もう駄目かも。
こうして身体だけ繋がっていても心はちっとも繋がらないんじゃ。
「疲れてるんですか?」
彼が私の顔に掛かった髪を掻き上げて訊ねて来る。
「どうして?」
気力を振り絞って笑顔で聞き返す。
「何だか・・・あまり集中出来ていないようでしたし」
彼が気まずそうに視線を逸らす。
「ごめんなさい・・・そうね、疲れてるのかな」
こんな関係に疲れたとは言えないけど。
「申し訳ありません、無理をさせてしまって」
「謝らないで、誘ったのは私なんだから」
お願いだから謝らないで。
「私が悪いのよ」
誘ったのは私、悪いのも私。
勝手に期待して、勝手に諦めてる。
あなたが好きだと、素直に言えていたら。
身体を使って誘っていなければ。
あなたは私を好きになってくれたかしら?
無理よね、上司の娘だもの。
遠慮せずにモノが言える訳がないわ。
だから、私は我が侭を装ってあなたを誘う事しか出来ないの。
「私はシャワーを浴びさせていただいたら帰りますから、ゆっくりお休みください」
ベッドから出て行こうとする彼を引き留める。
「眠るまで傍に居て」
朝まで居てくれなくてもいいから。
「わかりました」
私の身体に毛布を掛けて、彼がそっと私の身体に腕を回す。
私の髪をそっと彼の指が滑って行く。
この温もりに浸ったまま眠りに就いてしまいたいのに、睡魔はなかなか訪れてくれない。
彼の懐に深く潜り込むように身体を擦り寄せる。
「皐・・・」
寝言のように誤魔化して彼の名前を呟く。
彼の顔を見ないで、彼に顔を見せないで。
こんな時にしか、彼の名前を呼ぶ事が出来ない。
恥ずかしくて。
身体の力を抜いて寝息を立てた振りをすると、彼の身体が私から離れていく。
静かにゆっくりと、私を起こさないように。
そして髪をゆっくりと梳いて私の頬に羽のように軽いキスをする。
「おやすみなさい」
微かな囁きだけを残して彼が出ていく。
素直になれない私には、もう引き留める術がない。
やっぱり、駄目かな?
駄目だよね。
枕に顔を埋めて嗚咽を漏らす。
まだ、駄目。
我慢しなくちゃ、彼に聞こえないように。
グッと顔を枕に押し付ける。
涙は次から次へと溢れて止まらないから。
そう言えば・・・隣の部屋には靖治がいるんだっけ。
私達はあの二人となんでこんなに違うんだろう。
ちゃんと好きだと告白していないから?
順番を間違えちゃったから?
どれも今更どうにもならない事だから考えても仕方ないかも知れないけど、この悲しみから抜け出す事が出来る方法はないのかしら?
はぁ・・・
泣いて熱を持った顔を枕から離して大きく息を吐く。
「どうして泣いているんですか?」
突然、聞こえた声に驚く。
振り向くと身支度を整えた彼が立っていた。
何て事!
私は慌てて毛布に潜り込んで丸くなって顔と身体を隠した。
「な、何でもないわ。泣いてなんかいないし。き、気の所為よ!お、お休みなさい。またね」
こう言えば帰ると思ったのに、彼は誤魔化されてくれなかった。
「何するのよ!」
私が被っていた毛布を強い力で剥ぎ取ってしまった。
「目が赤いですよ」
こうなると顔を隠してもしょうがないと諦めた私は、彼の手から毛布を取り返して身体に巻きつける。
「ちょっと寝て目が覚めたから寝不足なのよ」
「枕が濡れてますが」
「か、悲しい夢を見て泣いちゃっただけ」
泣いていた本当の理由なんて絶対に言えない。
ジッと彼を睨むように見つめながら心の中の口を閉ざす。
見詰め合って・・・と言うよりは睨み合っていた私達だけど、少しの沈黙の後、彼は私から視線を逸らせてから呟いた。
「もう、終わりにしたいんですか?」
その言葉に身体が冷えて血液が凍ったような気がした。
私が言わなくてはいけないその言葉を彼が言った。
「・・・そ」
そうね、と言わなくてはいけないのに。
言えない。
イヤ、嫌よ!
終わりになんてしたくない!
終わらせたくなんてないんだもの!
言えないわ!
「・・・っく」
駄目だわ、泣いたりしちゃダメなのに・・・私はベッドに倒れ込んで再び枕に顔を埋めた。
「どうして何も答えて下さらないんですか?」
彼が私の肩を掴んで顔を覗き込むように抱き寄せる。
「私は今の誰にも言えない関係を続けるのも我慢の限界なのに、終わらせるだなんて絶対納得出来ません」
え?
「確かに、私はあなたに相応しいと言えるような男じゃないのかもしれませんが、そう簡単に切り捨てられると思わないで下さい。これはあなたが始めた関係ですが、二人で続けてきた事です。私には終わらせるつもりなどありませんから」
ええっと・・・
「終わらせたいのはあなたの方じゃないの?」
そう言ったでしょ?
「あなたが終わらせたいのか?と伺ったんです」
だって
「終わらせたいんですかって言ったわ」
あれ?あれって質問だったの?
「最近のあなたは何だか様子がおかしいし・・・今日も、その・・・他に考え事をしているようでしたから。もう私とは別れたいのかと思ったんです」
別れる事を考えていたのは確かだけど。
「その・・・それって終わりにしたくないって事なの?」
「私はずっとそう言い続けているつもりですが」
聞き間違いではないのよね、それじゃ私の勘違いなの?
「あなたは日本語が堪能だと思っていましたが、私の言葉はそんなに分かり辛いですか?」
同じ事を繰り返し訊ねる私に呆れた様な彼の言葉に思わず身を竦ませる。
「・・・ごめんなさい」
「ライラ」
極、偶にしか呼ばれない名前を呼ばれて、驚いて硬直した身体を彼がふわりと抱きしめる。
「まだ答えて貰っていませんが、私の質問への答えはNOで宜しいんですよね?」
質問の答え?
ぼんやりと首を傾げる私の身体を、苛立った彼がベッドへと押し倒す。
「分かりました。言葉ではなく、身体に聞く事にしましょう」
私の身体を隠していた毛布をベッドから投げ飛ばして身に纏ったばかりのスーツを脱いでいく。
「や、やめ・・・」
「やめません。ちゃんと答えてくれないあなたが悪い」
確かに、今まで私は彼に素直になった事がないけれど・・・彼が今の関係に不満があるけど、終わらせるつもりがないと言うのなら・・・素直になってもいいのかしら?
「ああっ、痛っ!」
内心の戸惑いを知ってか知らずか、彼は私の身体を乱暴に扱う。
乳房を強い力で掴み、乳首を噛み切ろうとするかのように歯で引っ張る。
「あなたは乱暴にされると感じるんでしょう?ほら、もうこんなに濡れてる」
それはあなただからなのに。
私が誰にでもそうなると思っているの?
「わ、私、誰でも構わずにベッドに誘ったりしていないわよ。私を抱いた男はあなただけって言ったら信じてくれるの?」
私の突然の告白に彼は一瞬、ビックリしていたけれど、私をギュッと抱き寄せて囁いてくれた。
「だから誰にも渡したくはないんです」
信じてくれるのね?
私にはあなただけだって言う事を。
「ライラ」
私の名前をもう一度呼んで、彼は私に優しくて意地悪なキスをする。
唇の上と下を交互に食んで舌で唇を舐め回して、私の舌にお預けを喰らわしてしまう。
「ん、んん・・・やっ」
閉じていた目を開いて彼に瞳で訴えかける。
ほしいの。
笑うように目を細めた彼がやっと欲しいものを与えてくれる。
彼の熱い舌を、優しい愛撫を、堅くて熱い楔を。
「ああっ、皐ぅ・・・」
「ライラ・・・あなたは私だけのものです」
激しく揺さぶられてまた涙が込み上げてくるけれど、これはさっきとは違う涙。
決して悲しいからじゃない。
嬉しいから、とても嬉しいから涙が出てくるの。
だって、彼が『私だけのもの』だと言ってくれた。
「皐」
もう寝言のように誤魔化さずに彼の名前を呼べる。
火照った身体の熱が冷めるのを名残惜しみながら、ベッドの上で身体を擦り寄せて彼の名前を呟くと彼の笑うような声が聞こえた。
「ライラ・・・あなたは可愛い人ですね」
も、もしかして・・・これって彼からの初めての称賛の言葉になるのかしら?
でも、可愛いって・・・綺麗だとか美しいとかじゃなく、可愛い?
「可愛い?」
思わず聞き返してしまったわ。
不満げな私に彼はクスクスともっとはっきり聞こえるような笑い声を上げながら答える。
「ええ、あなたは本当に可愛い人ですよ、ライラ。素直じゃなくて意地っ張りで少し狡い所があるけれど、それでもそんなところが可愛い」
な、なによ。
それって誉め言葉じゃないわよ。
黙ってぷぅっと脹れっ面をする私に彼はなおも続ける。
「そんなあなたから『欲しい』と言う以外の言葉を聞き出したくて色々と頑張ったのに。結局、アレだけとはね」
アレって『他の男には抱かれていない』っていうアレ?
狡いのはどっちなの?
「ライラ」
名前を呼ばれてピクリと身体が動く。
表情が変わらないように、彼に意識している事を悟られないように。
でも、やっぱり嬉しくて頬が少し緩むのを感じるけど、私の名前を呼ぶ彼の顔が堪らなく優しくて・・・幸せそうで・・・見ているだけで胸が苦しくなるくらいに。
そんな幸せに浸っていると彼が続けた言葉に驚かされる。
「今日、ミスター・クリフォードから内示を頂きました。今年の秋にはロンドンに赴任する事になります」
え?何よ、それは?
「もし・・・あなたが私と一緒に来てくれるなら・・・彼はあなたのポストも用意すると言ってくれました」
ええ?それって、あの人が私とあなたの事を知っているって事?
じゃなくて!
えええ?それって、それって・・・もしかして・・・
いえ、早合点しては駄目よ、彼は私の能力が欲しいと言っているのかもしれないのだし。
「私であなたのお役に立てる事があるの?」
私の言葉に彼は息を詰まらせてから、呆れた様な溜息を吐いて、首を振って苦笑を浮かべた。
「今まで何も言えなかった私が悪いんですね」
そう呟いた彼は、私の両頬をそっと両手で包んだ。
「You will come with me, won't you?」
そして、私の耳元で低く甘く囁いた。
「I wish you to marry me. Because I love you.」
順番がメチャクチャだわと思いながらも、私はまた涙が溢れて、何も答えられない。
けれど、彼はそんな私に返事を促す。
「Can I have a definite answer?」
答えなくちゃ・・・でも、唇が震えて上手く言葉に出来ない。
「Ye・・・Ye・・・」
コクン、と息を飲んで呼吸を整えて、もう一度言い直す。
「Isn't it already definite that I'm going to London with you?」
ああ!もう!私って素直じゃない!
「I hope, you stay with me forever. Because・・・・」
お、女は度胸だわ。
「Because I love you.」
言い切った後で、出てくる鼻を啜る羽目になるし、涙はボロボロ零れて止まらないし、情けない顔になっている筈なのに。
そんな私を彼はとても優しい笑顔で見つめてくれた。
「You make me happy more than anything else.」
私の涙を拭いながら、そう言ってからキスをする。
出そうになったしゃっくりを抑えようと思ったのに、出来なくて・・・恥ずかしい。
彼は大きな声で笑わずに、ただ優しく微笑んで、冷たい水でしぼったタオルを腫れ上がった瞼にあててくれた。
はぁ・・・
いつになく饒舌な彼は私を幸せな気分にしてくれる。
日本人の男性は口下手でシャイだけど、彼はそれに輪を掛けて無口だから。
こんな日はとても珍しくて嬉しい。
幸せで暖かな温もりに包まれてゆっくりと眠りの淵に落ちていく。
「ねぇ・・・皐・・・」
眠りに落ちそうな私の言葉はゆっくりと小さくなる。
「なんですか?」
ねぇ、私のお願い、聞いてくれる?
「朝まで・・・」
傍に居て欲しいの。
全てを言えないまま、私の意識がゆっくりと眠りへと沈んでいく。
「朝まで傍に居ますから、安心してお休みなさい」
私が望んていた言葉と軽いキスが与えられた気がしたけど、それは既に夢の中での出来事だったのかもしれないと思っていた。
次の日の朝、彼の腕の中で目を覚ますまでは。
|