『はた迷惑な女達』番外編

愛の試食会



「これね、今日、静香が持って来てくれたのよ。食べてみる?」

さり気無い振りを装って、その日の夜に部屋に来た彼に初めて作った肉じゃがを出してみる。
不格好だから、彼に出すなんて恥ずかしくて止めた方がいいのは分かっているんだけど、どうしても彼に食べて貰いたくて・・・だって彼の為に料理をしようと思ったんだし。
私が作ったなんて言わなければ判らない筈だし。


「彼女がお料理をされるとは知りませんでした」

そう言いながら箸をつける彼をドキドキしながら見守る。

「初めて作ったんですって。でも、味は悪くないと思うのよ」

そうよ、沙枝先生のお墨付きも貰ったんだから。


「・・・どう?」

思わず彼の顔を覗き込むようにして反応を見ようとすると顔を上げた彼があまりに近い私との距離に驚いてたけど、にっこりと笑ってこう言った。

「美味しいですよ」

ホッ。

「そ、そう。静香も喜ぶわ。あの子も好きな人でも出来たのかしら?お料理を始めるなんて」

よかった!食べて貰えて!!美味しいって言って貰えたわ!!!

安心して饒舌になった私の手を彼が突然握った。

「なに?」

ビックリしていると、彼は私の指を一本ずつ検分し始める。

「なによ?」

彼の行動の意図が判らなくて思わず眉間に皺が寄ってしまう。


「怪我はしなかったみたいですね」

ヤダ!しっかりバレてる!!

「なんの事かしら?」

恍けても無駄かもしれないけど、私は往生際が悪いのよ。

「煮物の匂いがまだ残ってますよ。換気扇だけでは消せないでしょう?それに冷蔵庫には今までにない食材が入っていましたし」

うっ、そうだったわ・・・彼には自分で冷蔵庫からビールを取りに行かせたんだっけ・・・いつもの事だから忘れていたわ。
それに匂いか・・・気がつかなかったわ。

私は彼の視線から顔を逸らせて何も言い返せない。

真っ赤になって顔を逸らせたままの私の頬をそっと撫でて、彼は私の顔を自分に向かせる。


「美味しかったですよ、とっても。もしかして初めて作ったんですか?」

優しい彼の笑顔に思わず緊張していた身体が緩んで彼の腕の中に身を投げる。

そして彼の肩に頭を乗せながら呟いた。

「初めて作ったのよ・・・静香がね」

素直になれない私・・・だって絶対に認めたくない!

美味しいって言ってもらえても、あんなに不格好なんだもの!!


「料理もいいですけど、怪我だけはしないで下さい」

素直に白状しない私に彼は呆れて溜息を吐きながらそう言った。







キッチンに入って気付いたのは匂いだった。
醤油の匂いがするような・・・

不思議に思いながら冷蔵庫を開けた。
なるほど。

田村さんが今日の昼に来ると言っていたからおそらく料理でもして貰ったのか?
しかし、それらしき物は冷蔵庫の中にはなかったからもう食べてしまったのか。


リビングに戻ると、彼女がクラスを前にソファーに座っていた。
缶ビールと言えど、わざわざグラスに注いで飲もうとする辺り彼女の育ちの良さを窺わせる。

「早く、座って」

彼女の隣をポンと叩いて催促される。
相変わらず可愛い人だ。

会社ではクールな仕事人間なのに、私の前では時折子供のように甘える。
ベッドに誘う時はあんなに妖艶なのに。

私は込み上げてくる笑いを堪えて指定された場所に座った。
すると彼女はグラスを持ち上げて私のグラスにカチリと触れてくる。

「はい、お疲れ様」

こう言う時、ちょっと感動する。
まるで新婚夫婦の様で。

「お疲れ様です」

彼女のグラスのビールの泡は消えかかっている。
きっともう温くなってしまっただろうに、私を待ってくれているなんて。
ホントに可愛い。

ただ、自分の飲むものは自分で取りに行けとお嬢様の様な我が儘も言うが。


「ねぇ、お腹空いてる?」

聞かれて、ふと腹具合を考える。
言われれば少し空いている様な気もするが。

「いえ、別に」

「何か食べる?」

テーブルの上には飲み物以外何も出ていない。
私も何も買ってこなかったし。

彼女は空腹なんだろうか?
マズイな、ビールを飲んでしまったから車が出せない。

「そうですね」

デリバリーで何か頼むべきか?
そう考えていたら、少し上の空で返事をしまった。

「あ、あのね。今日、静香が来てね。置いていったものがあるんだけど・・・」

彼女はどこから出してきたのか、皿を出してそう言った。
ラップがかかっているこれは・・・なんだ?

「これね、今日、静香が持って来てくれたのよ。食べてみる?」

皿の上のものをマジマジと見てから彼女の表情をチラリと窺う。
視線を彷徨わせて落ち着かない。
ああ、なるほど。

「彼女がお料理をされるとは知りませんでした」

静香様はお嬢様学校を出ているし、彼女が自宅で料理をする必要もあるとは思えない。
たぶん、おそらく、間違いなく100%静香様が作ったものではないだろう。

私は覚悟を決めて箸を取った。

ソレはひどく不格好な人参と小さく砕けてしまったじゃがいもらしきものと肉と白滝が入っていて、絹サヤが上に飾ってあった。
おそらくは肉じゃがと呼ばれるはずのもの。

「初めて作ったんですって。でも、味は悪くないと思うのよ」

彼女は落ち着きがないように膝の上で手を握ったり開いたりしてそう言っている。
そうか、やっぱり初めてだったのか。

一口、口に入れる。

・・・思っていたよりも・・・

「・・・どう?」

もの凄く近くで顔を覗き込まれている事に気づいて驚いた。
とても不安そうな彼女の顔が可愛くて、口元が緩む。

「美味しいですよ」

確かに不味くはない。
見た目が酷過ぎるが、それに比べたらまあ、美味いと言えなくもない程度には。

「そ、そう。静香も喜ぶわ。あの子も好きな人でも出来たのかしら?お料理を始めるなんて」

ホッとしたのか、不安そうだった彼女が饒舌になる。
ホントになんて可愛いんだろう。

とても光栄ですよ、あなたが初めて作った料理を食べさせて貰えるなんて。
でも、初めての料理で怪我などしなかったのだろうか?

私は彼女の手を取って指をよく見た。

荒れた事などない様な白くて柔らかい手。
長過ぎない爪は綺麗に形を整えられて、パールピンクに染められている。

「なに?」

私の行動をいぶかしんだ彼女が訊ねる。
だが、黙って指を1本1本傷跡がないか確かめていると、彼女は苛立ったように訊ねてくる。

「なによ?」

よかった。
傷は一つもない。

「怪我はしなかったみたいですね」

安心して彼女の手を軽く握りながらそう言うと、彼女はスッと私から視線を逸らす。

「なんの事かしら?」

まったく、このお嬢様は素直じゃない。
そんな所も可愛いけれど。

「煮物の匂いがまだ残ってますよ。換気扇だけでは消せないでしょう?それに冷蔵庫には今までにない食材が入っていましたし」

理詰めで問い詰めれば素直に白状するだろうか?
無理だろうな。

黙ったまま、真っ赤になる彼女に込み上げる笑いを抑えるのが大変だ。
もう、どうしてくれよう。可愛くてたまらない。

「美味しかったですよ、とっても。もしかして初めて作ったんですか?」

真っ赤になった頬を撫でる。
この人は、素直じゃないけど可愛くて健気なところがある。
私に料理を食べさせようだなんて。
そんな必要などないのに。

困った顔をした彼女が、ポスンと私の腕の中に身体を投げ出してくる。
私はそれを喜んで受け止める。

「初めて作ったのよ・・・静香がね」

彼女の意地の張り具合は強固だった。
困った事だがこちらも強く叱れない。

「料理もいいですけど、怪我だけはしないで下さい」

そう言うのが精々で。

本当は料理なんてして欲しくない。
例えそれが自分の為でも。

怪我なんてして欲しくないし、彼女にはただ傍に居て貰えればそれだけでいい。
何もしないでただ私の傍にずっと居てくれれば。

けれど、それではきっと駄目なんだろう。
彼女が彼女ではなくなってしまいそうだ。

でも、お願いですから私をあまり心配させないで下さいね。

魅力的で奔放な恋人を持つと苦労が絶えないとはこの事かと
心の中で大きな溜息を吐いた。





 


 



































Postscript



メチャクチャ素直じゃないお姉様と、そんな恋人を持った苦労する西塔さんのお話です。
でも、彼は何気に辛辣(苦笑)
二人とも、日頃からいいもの食べ過ぎていますから、口が肥えているのでしょうね。

お姉様は健気で可愛い人ですが、このお料理教室の試食会については、いつ西塔さんが根を上げるか?
彼の愛が試される試練ですね(笑)


拍手掲載期間 2009.7.13-7.31 2009.8.1up

 

 

 

 

 

 

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!