『傍迷惑な女達』番外編
合格祝い
「さあ、まずは一杯」 少し、緊張している彼にビールを注いで、注いで貰う。 「では、司法試験合格おめでとう」 「ありがとうございます」 グラスを合わせると、彼は勢いよく飲み干した。 かなりイケるクチらしい。 少し驚いてまた注ごうとすると 「あ、勝手にやらせて貰いますから。お気遣いなく」 と手酌で始めた。 私も酒に強い妻に付き合うので弱くはないが、彼のペースに巻き込まれない様にマイペースを保つように努める。 彼はグラスを干しながら、料理も手早く片づけて行く。 家では女性ばかりだから、若い男の子の食欲に見惚れてしまう。 そして箸遣いも悪くない。 マナーも其れなりに身に付いていると言う事か。 妻と娘は妙な気を利かせて、何故か二人だけで彼の司法試験合格祝いをする事になったのだ。 見苦しくない彼の食べ方に、ほんの少しだけ好感が持てた。 髪が伸びて、ますます彼の父親に似て来ている所は、相変わらず気に入らないが。 「それで司法修習とやらはいつから始まるんですか?」 「来年の4月からです。最初の3ヶ月間は和光の研修所で」 それから都内か地方都市の研修地で11カ月、その後も研修所に戻って2カ月に渡る修習が続くと言う。 そして考試と呼ばれる試験があって、それに合格した後に検事になる為には更に採用面接があるのだと言う。 「長いですね」 それでも、最初の研修所での修習が終わると、都内での修習が多いと言うが、地方に行く可能性もあると言う。 そして何より、検事に任官されれば、確実に地方への赴任が待っている。 「弁護士では駄目ですか?」 弁護士ならば、司法修習が終われば確実にそれ以降の移動は無い筈だから。 「それを目指して勉強をしてきましたから」 ただ、考試の成績次第では検察官を諦めなくてはならない可能性も残されていると言う。 苦笑する彼に説得は諦めざるを得ないのかと落胆する。 まあ、司法試験合格という実績を上げられては、文句も異議も唱えられないか。 ビールを3本ほど空けた彼は、スコッチに切り替えてグイグイとグラスを空ける。 大丈夫かな?と思いながら彼の検察官の研修内容の説明を聞いていた。 すると、突然、彼がグラスをドンと乱暴に置いた。 「お義父さん!」 その言葉にピクリと眉が上がる。 まだその名前で呼ばれたくない。 「葵は・・・お嬢さんはどうしても大学に進学するつもりなんでしょうか?」 そう言われても。 「私や妻は何も言ってませんが、本人はそのつもりの様ですね」 別に進学するにあたって成績に不備が無いのだから、当然と言えば当然の進路なのだが。 「大学を卒業するまで待ってたら、オレ、確実に地方へ単身赴任ですよぉ・・・それも2年以上もぉ」 どうやら酔って来たらしい。 見ればスコッチはすでに半分以上減っている。 う〜ん、泣き上戸なのか? 「2年くらい待ち給えよ」 私は27年待ちましたよ? 「でも、でもぉ・・・せっかく、現役合格したのにぃ」 メソメソと愚痴り始めた。 ピッチが早い所為か、もう出来上がっている。 やれやれ。 彼はその後も娘が冷たいと頻りに愚痴りながら、涙こそ流さなかったが、泣き事を続けた。 確かに娘は・・・葵は愛想が足りない処がある。 妻が娘に幼い頃から『必要以上に愛想を振りまくな、特に男には』と言い続けていた事が原因だろうか? 私も特に異議を唱えなかったが。 娘は必要以上どころか、かなり愛想のない人間に育ってしまった。 普段の娘と彼を見ていても、甘い雰囲気と言うよりも、喧嘩をしているように見える事が多々ある。 私は、ほんの少し、ほんの少しだけ彼が哀れに感じた。 |
Postscript
司法試験の合格発表は9月、これは「薬指の決心」からおよそ1年後のお話。 男同士での飲み会。正確には料亭あたりでの食事会? 最初は成島家での飲み会のつもりでしたが、合格祝いなら外が良いかなぁ、と変更。 調べてみると、司法修習は思っていたほど地方へは飛ばされないようです(苦笑) お義父さんに同情されてしまった和晴でした(大笑) ヘタレな彼は酔うと泣きが入るらしい・・・と言うか本音? 舅の同情をかった和晴は葵の大学卒業と同時に結婚しても文句は言われないかもしれません(苦笑) ま、遠距離恋愛でも、国内ならいいじゃん(鬼畜) 拍手掲載期間 2009.8.13-20. 8.20up |