聖母の固執
「兄貴、どうだった?」 親父の書斎を出ると弟がオレに尋ねて来た。 「オマエがどうしてもヤダっつーなら見合いはしなくていいってさ」 ウソじゃない、ヤツは確かにそう言ったんだから。 オレの言葉に弟はホッとしたような顔をした。 「そっか・・・ありがと、兄貴」 そんなにイヤなんだったら自分で断れよ!と思いつつもオレは少々後ろめたいから言い出せない。 なんせオレが今回動いたのは弟の為なんかじゃねーからな。 「ただ、オマエも自分の口ではっきり親父に断っとけよ」 オレは弟の胸を指でトンと叩いた。 「んで、オレや親父のコトなんて考えねーで自分のコトだけ考えてろ!誰にナニを言われても好きな女を諦めねーで教師になってみせろよ!」 オレの言葉に弟は神妙な顔で頷いた。 よし、イイ子だ。 弟がはっきり親父に言えれば、弟と葵の見合いはなくなるだろう。 問題はもう一人の弟の方だが・・・アイツとはロクに顔も合わせた事がねぇしなぁ。 向こうも会いたくねぇだろうし。 唯一の希望としては、相手が変わった見合いを成島の方が拒否ってくれるコトだが・・・可能性は少ないな。 親父と縁を結びたいと向こうが考えてたら相手は誰でも構わないと思うかもしんないし。 彼女にも釘を差しときたいトコだが・・・ はぁ・・・それが最大の難関かも。 月曜日、オレは覚悟を決めて彼女に逢った。 車で待つんじゃなく、出迎えに行って。 緊張していたオレは何も話し掛ける事が出来なくて、彼女の様子にも気付かなかった。 5日振りの所為かそれとも緊張してた所為かいつもより乱暴にコトに及んだのは認める。 けど、けどさ、オレが勇気を振り絞って聞いたコトにアレはないだろ? 「昨日、両親にお見合いをすると伝えました」 って・・・ヒデーよ! ああー!もう! 「ふ〜ん・・・なのにオレとこんな事するの平気なワケ?オレも見合いの相手もオマエにとっちゃ大した事ないんだ」 オレは泣きそうになりながら悔し紛れにボヤいて見せた。 すると彼女から鋭いツッコミが入る。 「『気持ちイイ事しよう♪』って仰ったのは貴方でしょう?」 そーです、確かに最初にオレはそー言いました。 自業自得なの? 軽いノリでそー言っちゃったのがいけないのか? そんならそれで・・・ 「ん〜確かにそうなんだけどさ〜やっぱ、身体だけじゃなくてココロも欲しいなぁ〜って思うワケ」 軽いノリでさり気なく本音を漏らしてみる。 そう、身体だけなんかじゃダメなんだ。 彼女の全てが欲しい。 彼女の身体を思いの丈を込めて抱き締める。 どうか伝わって欲しい。 なのに彼女ときたら 「・・・ココロは誰にも渡しません。私だけのものです」 つ、つめてーな! でもな、その直向きで真剣な眼差しはイイんだよな。 「んん〜、そーゆー葵の頑ななトコロ、好きだな〜征服欲そそられるし〜」 うん、イイ。ホントに。 オレは素直に褒めて告白してんのに、彼女ときたらナゼか怒り出しちまう始末。 「私は駆け引きとかは好きじゃありません」 え?どーして駆け引きになんの? アナタの思考回路を覗いてみたいです、オレ。 でもさ、コレだけは聞いとかないとダメだよな。 「どうしたら見合い止めてくれる?」 弟には釘を差しといたからヤツとの見合いが流れるのは確実だとしても彼女にも見合いそのものを止めて欲しい。 なんせ次の候補が待ってっからな。 「止めません」 ああっもう! 「強情なオンナ!そんなにオレの義妹になりたいか?」 このままじゃそうなっちまう可能性大だぜ! オレは抱きしめていた彼女の身体の上に圧し掛かって迫る。 「私とあなたの弟の縁談を持ち込んできたのはあなたのお父様では?」 そーですよ、そのオトーサマがガンなんですよ。 でも、それを知りながらオマエは何度もオレに抱かれただろ? それは決して遊びだからってだけじゃないよな? どーしたら素直にオレが好きだ、とか言ってくれんのかな? 「強情な上に可愛くないなぁ・・・」 だけど、彼女はオレの言葉に目を伏せた。 え?もしかして傷付いちゃったりした? オレがヒドいコト言ったから? 「でも、そう言われてちょっぴり傷つくトコは可愛いなぁ♪」 オレが調子づいて笑いながらキスをすると、彼女はフイッと視線を逸らせる。 アタリか? ホント、かーいー! 彼女は無愛想で無表情に見えても、よくよく見れば素直に反応してくれる。 それが判るのが堪らなく嬉しい。 「見合なんか止めてオレの女になれよ、葵」 マジ口説きモードで熱いキスをする。 感じるだろ?オレのキスで。 ホラ、ココはこんなに熱くヒクついてんだぜ。 オレは指をグッと奥深くまで入れて探る。 彼女はもう痛がったりはしないから。 それどころか、身体を震わせて快感に耐えてさえいる。 「ん・・・っイヤ!っ」 頭を激しく振って彼女が快感を拒絶しようとするケド、オレは止めてなんかやらない。 葵、お願いだから快楽に墜ちて。 オレのものになって。 彼女の身体はすっかり女になってる。 オレの愛撫に敏感に反応してくれる。 そしてオレを堪らなく虜にする。 オレが挿れると彼女はそれだけで軽くイッてしまったらしい。 けど、動くオレに次第に反応を返してくれる。 キュッと締め付けてくる膣中にオレの我慢も限界に近づく。 ああ、もう・・・ホント、サイコーだ!オマエは。 荒くなった息が整うまで彼女の髪を撫でて身体を優しく擦る。 うん、至福の時ってヤツ? 彼女もこの時ばかりは抵抗もせずに大人しい。 だからつい、調子に乗ってこんなコト、洩らしちまった。 「ナマでやっちまって孕ますってのはどうだ?」 案の定、このセリフは彼女の逆鱗に触れてキツイ一発を喰らった。 「ってぇなぁ・・・結構、いい考えだと思うんだけど」 オレが検察官になって彼女が成人してればな。 うん、それなら誰にも文句は言わせねぇんだけどさ。 「戯言もいい加減にして下さい!」 幸せな未来を思い描いてニヤけちまったオレに、彼女は益々怒りを募らせ、そう言ってベッドから出ていこうとした。 まぁまぁ、そう怒らずに。 オレは逃がさないようにガッチリと彼女の身体を抱き寄せた。 「いんや、マジだぜ。オマエとオレの子供ってイイと思わね?チャランポランなオレと真面目過ぎるオマエを足して2で割ったら理想的だろ?」 うん、イイ! 彼女とオレの子供かぁ・・・きっと絶対かーいーぞ! 「出来たら生んでくれよ、葵」 いつかきっと。 「イヤです!」 もの凄く怒った彼女がオレを睨みつけて、オレの腕の中で激しく抵抗する。 だからさ。 「来年か再来年に司法試験に受かれば司法修習が終わる頃にはオマエも成人してるだろ?そしたら家を出てオレんトコ来て理想的なガキ生んでくんない?」 オレは暴れる彼女を抑えつけながら本当の本音を吐いた。 さすがの彼女もオレの言葉に唖然として大人しくなった。 「ビックリした?これこそマジなんですけど」 抵抗を止めた彼女を抑えつけている手を離すと、彼女は信じられない様に聞き返してくる。 「・・・司法試験を受けるのですか?」 「そーだよん。なんつったってオレ、法学部だし〜ゆーしゅーだから!でも、やっぱ一発合格は難しいかも知んないケドね。コレでも一応、おベンキョはしてんだぜ」 語尾にウインクなんぞを付けて戯けて見せる。 よっぽど驚いたのか、彼女はまだ唖然としたまま更に尋ねてくる。 「お家を継がれないのですか?」 え?そーゆーふーに思ってたワケ? 「モチロン!ハナっからそんな気はねーし、別に親父も期待してねーみたいだし。第一、オレってば妾の子よ?跡なんて継げるワケねーじゃん!」 彼女は何やら考え込んでいる。 ここからが本題なんだが。 「ま、必然的に婿養子にもなれねーから、葵にも跡を継いで貰うのは諦めてほしーんだけどね」 オレはドキドキしながら彼女の答えを待った。 勢いでここまで言っちまったが、まだ早かったか? 「・・・そんな事は出来ません」 考え込むように視線を逸らせていた彼女がオレを見てキッパリとそう答える。 あー!ヤッパリね。 でもさ。 「ソコを何とか曲げてほしーんだけど」 思わず苦笑いが浮かぶ。 よく考えてよ。 考え直す余地なんて無いのか? オレとの未来なんて考えられない? オレは彼女を宥める様に優しく彼女の柔らかい頬を撫でる。 ソレに彼女はチョットだけ眉を顰めたけどまたしてもキッパリと。 「曲げません」 困ったな。 「ヤレヤレ、頑固なおじょーさまだな」 さっき、一瞬だけど泣きそうだったクセに。 オレは思わず彼女の身体を抱き寄せた。 「でもな、靖治との見合いはやめて貰うぜ」 コレは教えとかないとな。 「何故です?」 訝しげな彼女にオレはマジモードで話す。 「弟には好きな女が居る。見合いは確かにウチのクソ親父が持ち掛けたらしーがヤツの意思を無視してる。葵が見合いを承知したとしても弟は断るだろう。それじゃ見合いはできねーだろ?」 できねーようにオレが話をしたんだけどね。 なんてゼッテーに言えねぇけど。 ナニしろ親父は次の候補を抱えてっし。 「何れにしろ私はいつか家を継いでくれる人と結婚するつもりですから」 あー、ソレは変わんないのね、やっぱ。 でもさ、オレもそー簡単に諦められるんだったらさっきみたいなコト言い出したりはしねーのよ。 「んじゃ、気長に口説かねーとな」 オレはそう言って腕の中の彼女にキスをする。 彼女はソレを拒まない。 だからオレは諦める事なんで出来やしない。 意地っ張りで頑固で真っ直ぐで意思が強くて可愛くて可愛くてたまんない彼女を。 甘い唇と手触りのいい髪と柔らかくて感じやすい身体を持った愛しい彼女を。 諦められるもんか。 だからオレは彼女を思いっ切り感じさせてやる。 オレの願いを聞いて貰う為にも。 そしてオレが感じる為にも。 彼女はオレの愛撫にキチンとこうして反応してくれてんだし。 「クスッ、葵・・・身体は正直だって言葉知ってっか?」 何気に揶揄してみたりして。 それでも彼女から返ってくるのは侮蔑に近い様な視線だけナンだけどさ。 「こんなに素直に身体は応えてくれてんのにな」 どうして言葉にしてくれない? オレを嫌いじゃないんだろ? オレを好きだと言って。 オレが欲しいと言って。 そしたらオレは・・・ 今は言葉にしてくれなくてもいい。 「今は身体だけでもいいから、オレに応えて・・・葵」 オレはもうオマエに溺れてるから。 オレとの未来をマジで考えて。 まだ時間はあるから。 あるとオレは信じてるから。 |