「・・・これは!」
まさか、これはあの有名な噂のドレス!
届けられた荷物を開けてその中身を見た時、真っ先に思い浮かんだのは日本で聞いたあの話。
国際郵便で送られてきた箱の中身はウエディングドレス。
差出人は彼女だし、あの噂のドレスに間違いないだろうけれど・・・付いて来た手紙に目を通しながら、あたしは喜ぶどころか困ってしまった。
だって、相手もいないし、結婚なんてする気は全然ないんだから!
『親愛なる、マルローネ様
先日のショーのビデオ、無事に受け取り、拝見させていただきました。
期待通りの出来上がりに、スタッフ一同、賞賛すると共に感謝しております。
今後もご一緒にお仕事が出来れば、と願っております。
さて、同送の衣装ですが、ご推察の通り、噂になりましたドレスです。
ご存知のように新品ではありませんが、今まで幸せな花嫁を過去に3人ほど作り出したウエディングドレスです。
そして次は貴女の番です。
先日、見ていた映画のシーンにオーバーラップするように、貴女が教会の祭壇の上でプラチナブロンドの男性と共に立っている姿が見えました。
俄かに信じられないのは解っています。
私もそうでしたから。
でも、あの噂をご存知なら、信じていただけると思います。
さあ、これを受け取ってから出会う相手があなたの運命のお相手です。
くれぐれも無駄な抵抗はなさらぬように。
貴女のお幸せを心からお祈り申し上げます。 敬具』
彼女は真面目な人だし、自分が式を挙げた時に使った大切なドレスをからかいの種に使うとは思えない。
何より、当時はマスコミで取り上げられてかなりの話題になったから日本じゃ誰でも知っている。
人気スターの妻となった江藤はじめが着た『魔法のウエディングドレス』の事は。
日本のアイドルフリークだったあたしだって当然知ってるし、TVで見た時は憧れた。
だって、まだその時は学生だったし。
ウエディングドレスが運命の人の元へと導いてくれる、なんてエピソードは乙女心に激しい憧れを抱かせたものだった。
でも、今じゃ話は違ってくる!
あたしはビデオディレクターとして漸く仕事が入り始めた大切な時期だし、結婚なんて考えてる暇はない。
逆に、そんな相手が出来たら困っちゃうのよ!
こんな衣装は、即!送り返したい!けど。
『追記、このドレスは返却を受け付けませんのでご了承ください』
しっかり、釘をさされてるし。
どうすりゃいいのぉ?
黙って捨てちゃうとか?
ああ、ダメだわ・・・彼女も一度は捨てようとしたって言ってた。
どんな事をしても手元に舞い戻ってきちゃうって言ってたような気がする。
ううっ、どうしよう?
シアに相談してみようか?
「どうしたの?マリー」
ちょっとおっとりとしたシアの優しい声は、電話を通していても、パニックを起こしかけてたあたしの神経を安らげてくれる。
「聞いてよシア、大変なものが送られて来ちゃったの!」
あたしが事情を一通り説明すると。
「まぁ、マリー。大変ね」
シアはあたしに同情してくれた。
さすがは親友、あたしの気持ちをよく解ってくれてるわ。
「よかったら今日のお昼を一緒にしない?久し振りでしょう?」
ランチに誘われてすぐにOKの返事をする。
そう言えば、シアと会うのもご無沙汰してたわ。
何かと忙しかったから。
親しい友人との約束に少しは心が軽くなったような気がする。
誰も信じてくれないけれど、あたしは遅刻するのが大嫌い!
なのにいつも遅刻しちゃうんだ!
出かける間際になると、鍵が消えてしまったり、上着のボタンが取れたり、靴が片方どこかに行っちゃったり、必ずと言っていいほどトラブルが発生するんだから。
せっかくシアと久し振りのランチの約束なのに!!
今日も出掛けに髪をポニーテールに纏めているゴムが切れちゃって、慌てて縛り直す羽目になっちゃった。
約束の場所へと急ぐあたしは、レストランが入っているビルのエントランスのエスカレーターを駆け上がる。
このビルにはレストランやショッピング街だけじゃなく、オフィスも入っているから、ランチタイムは混むのよね。
人込みを掻き分けて縫うように走っていたあたしは、前に居た人を避けようとした所でバランスを崩して後ろへ思いっきり倒れこんでしまった。
倒れまいと頑張ったのに・・・
幸か不幸か、あたしは一人で転倒する事無く、後ろにいた人を巻き込んで倒れたから怪我はしなかったんだ。
後ろにいた人をクッション代わりにしちゃったから。
「す、すみません!」
恐縮して起き上がろうとしたけど、見事に仰向けに倒れこんじゃったもんだから、中々起き上がれない。
ジタバタと足掻いてみたんだけど、ダメ。
「じっとしていて下さい」
そう言われて、無駄な足掻きを止めると、あたしが下に敷いてしまった人があたしをヒョイと軽く抱き上げて立ち上がらせてくれた。
重ね重ね、申し訳ない。
「すみません、すみません!ごめんなさい!」
起き上がったあたしはペコペコと米搗きバッタのように謝った。
「もう、謝罪は結構ですよ」
流石にムッとしたような声で止められて、あたしはやっと被害者の顔を見た。
グレイのスーツを着たいかにもガチガチのビジネスマンらしい彼は、スーツの埃を叩くとプラチナブロンドの髪を掻き上げてメタルフレームの眼鏡をスッと持ち上げた。
うわっ、嫌味っぽそう、あたしの苦手なタイプ。
でも・・・プラチナブロンド?って・・・手紙にあった、アレ?
「大丈夫ですか?」
ビルの警備員が駆け寄ってきて、あたし達に救急車が来るまで待てと言う。
「急いでいるんですけど!」
そうよ、シアとの約束!
「規則ですから」
警備員は融通が利かない。
あたしに巻き込まれた人も急いでいるらしく、不機嫌な顔をして待たされている。
警備員に見張られたまま、あたしと彼は救急車の到着を待っていた。
その間、あたしはチラチラと彼を窺いながら考えた。
まさか、そんな・・・今日初めて会った人だし、でもドレスを受け取ってから初めてまともに顔を合わせた男の人のような気がする・・・あの手紙に書いてあった事が本当になるとは限らないし、既に過去3人も結婚してるじゃないの!
そうよ!彼はもう結婚してるのかも!でも、指輪はしてないわ。
もし、もし彼がそうなら、あたし、困るのよ!
「何ですか?」
あたしがあんまり彼をチラチラと窺うから、怪しまれちゃったみたい。
「あの・・・その、気を悪くしないで聞いて欲しいんだけど、その、あたしは生憎と今、結婚するつもりはないから、それを知っておいて欲しいんだけど」
そうよ、相手にはっきり言っとけば大丈夫なんじゃない?
「仰っている意味がよく解りませんが?」
ん、もう!頭の回転が鈍い人ね!
「だから、あたしは結婚するつもりがないって事だけわかって欲しいって言ってるの!」
あのドレスがあたしのところに来ちゃったんだから!
「やはり、頭を打ったんですか?」
違うわよ!
どうして解ってくれないの?
やっと到着した救急隊員達はあたしを念入りに検査してから漸く解放してくれた。
あたしはヘトヘトになりながらシアとの待ち合わせの場所に辿り着いた。
結局、彼には解って貰えなかったみたいだし、必死の説得も徒労に終わっちゃった。
「待ちくたびれたわよ、マリー」
シアに窘められて、今までの経緯を話す。
「本当に怪我はなかったの?」
ううっ、その優しい言葉が嬉しいわ。
でも、巻き添えにした男の人の事を話すと、シアは込み上げて来る笑いを抑えきれないみたいだった。
「まあ、マリー。解って貰えないのは無理もないわよ。パニックを起こした貴女の説明で納得出来る人がいるとは思えないもの」
そうか・・・そうかも。
確かにあたしはあの時パニクッていたし、ドレスのことなんか一つも知らないあの人に理解しろと言う方がおかしいのかも。
やだやだ、あたしったら・・・凄く恥ずかしい真似をしたんじゃないの?
初対面の事情を知らない人に『あたしはあなたと結婚するつもりはない』と言い続けるなんて。
今更ながらに顔が赤くなってくる。
「そうね、確かにそのウエディングドレスのお話は素敵だけど、今度も今まで通りになるとは限らないんじゃないの?だってマリーはその人の名前も住所も知らないんでしょう?その人だって貴女の名前も知らずにすんだみたいだし」
シアの言葉に少し慰められる。
そうよ、名前も知らない者同士だもの、もう会う事もないわ。
「ねぇ、今度そのドレスを見せてくれない?実は来週、千歳が日本から遊びに来るのよ。卒業旅行なんですって。彼女にも見せてあげてもいい?綺麗なドレスなんでしょう?」
千歳というのはシアと親同士が取り合いの日本人で、彼女を通じてあたしは日本のアイドルフリークになったから、ある意味あたしがとてもお世話になった子だから会えるのは嬉しいけど、あのドレスを見せるのはちょっと・・・。
「え?う〜ん・・・いいわ!隠していても仕方がないし」
あまり人目に曝したくないのが本音だけど、シアと千歳にならいいかな?
「じゃあ、彼女が着いたら連絡するわね。そうそう、決算報告書は出来上がったの?」
シアの言葉にあたしはランチを喉に詰まらせそうになった。
学生時代から数字を苦手としてきたあたしに、シアは一人で決算報告が作れるかどうか掛けを申し出たのだ。
「で、出来たわよ、もちろん。あたしは独立して仕事をしているんだから、一人で全部出来なくちゃね!掛けはあたしの勝ちに決まりね!今度、ちゃんと奢って貰うから」
そう言えば提出期限がもうすぐ・・・明日にでも税務署に行かなきゃ。
あ〜あ、一難去ってまた一難、だわ。
「えい、えい」
両手が書類の詰まったダンボールに塞がれているあたしは、そのダンボールでドアを押したけど、税務署の扉は重くてビクともしない。
見かねた人が中からドアを開けてくれて、やっとあたしは入る事が出来た。
「どうも、ありがとう」
お礼を言って親切な人を見ると、なんと彼は昨日のプラチナブロンドの彼!
「あなた、税務署の人だったの?」
すると天敵よね。
あたしも驚いたけど、彼もビックリしていたようで、眼鏡を持ち上げながらあたしの抱えている書類の箱を見ながら訊ね返す。
「違いますよ、会計士です。決算申告ですか?」
彼の問いに頷いたあたしは、これ幸いと彼に救いを求めた。
「じゃあ、ちょっと見てくれる?大丈夫かどうか。あたし一人で作ったんだけど・・・初めてだから不安で」
シアに大見得を切ったけど、実は自信がない。
「随分と資料が多いようですが・・・」
書類の山を見ながら怪しむ彼にあたしはにっこり笑って答えた。
「必要そうな書類は全部揃えて持ってきてあるのよ」
何が必要になるか解らないでしょう?
「・・・きちんと出来ているようですね、大丈夫でしょう」
プロの彼のお墨付きを頂いて、あたしは安心した。
昨日、散々迷惑を掛けたあたしの願いを聞いて目を通してくれるなんて、結構優しい所もあるのね。
「ありがとう、助かったわ。昨日から助けてもらってばかりね」
感謝には笑顔、これ基本よね。
「いえ、お気になさらず・・・貴女はビデオを作っていらっしゃるんですか?」
あたしの決算報告書をじっと眺めていた彼が呟く。
そうよね、その書類を見てたらあたしがどんな仕事をしてるか解るわよね。
「そうなの。独立してやっと軌道に乗り始めたところだから大変なのよ〜だから・・・」
「だから、今は結婚するつもりがない、ですか?」
あ、あら・・・まだ覚えてたの?
ま、昨日の今日だけど。
しつこく言ったから覚えてるのかしら・・・
「そ、そうなのよ。ご理解いただけて嬉しいわ」
笑顔が引き攣るあたしに決算報告書を返しながら彼が尋ねる。
「しかし、どうしてそんな事を初対面の私に仰ったのかが解りませんね?」
あなたの疑問はご尤もだわ、でもね。
「昨日はあたし、約束に遅れそうでちょっと頭が混乱してたのよ。忘れてちょうだい」
そうそう、忘れて!お願い!
その説明で納得してくれたのかどうかは判らなかったけど、あたしは肝心の決算報告書の提出が残っていたから、それきりで別れた。
ほら、彼の名前も住所もまだ知らないままだわ。
まだ大丈夫。
「まぁ・・・素敵!」
「やっぱり、本物は素晴らしいわ」
次の週、シアは予告通り千歳を連れて例のドレスを見に来た。
二人ともドレスに賞賛の声を惜しまない。
そりゃあ、あたしだって綺麗で素敵なドレスだと思うわよ。
あんな曰く付きのドレスじゃなきゃ、喜んで受け取ってたわ。
まあ、ウエディングドレスに用はないけどね。
「あの・・・私が着てみたら怒る?」
千歳がおずおずと尋ねてくる。
「全然!気にしないから遠慮なく着てみてよ」
あたしは首と手を振って気にしない素振りを些か大げさにして見せた。
そうよ、千歳にこのドレスがぴったりなら、あたしに送ったのは間違いだったのかもしれないじゃないの。
そうそう、間違いだったのよ、きっと。
だって、ホラ!
「ぴったりだわ!どうして?」
試着した千歳はそう言って驚いていたけど、あたしはホッとしたわ。
あたしより身長も身体つきも小さい千歳にぴったりだと言う事は、あたしにこのドレスは着られない筈だもの。
「きっと、あたしじゃなくて貴女に宛てたものだったのかもしれないわ。間違えたのよ」
そうじゃなきゃ、困るもの。
「でも、送ってきた人の手紙にはマリーがこれを着て祭壇に立つ姿が見えた、って書いてあったんでしょう?」
シアったら・・・記憶力良さ過ぎ。
「だって、千歳にぴったりじゃないの」
彼女には付き合っているボーイフレンドがいるって聞いてるから、きっと彼女のものになる筈なのよ。
「だったらマリーも着てみたら?着られなければ、私達だって納得するわ」
シアだけでなく、千歳まで賛同しないで。
着たくないのに・・・着るのが怖いよ。
「まあ・・・やっぱり!」
「間違いじゃなかったのよ!」
ウエディングドレスはあたしの身体にもぴったりと合った。
解ってたのよ・・・これが『魔法のウエディングドレス』と言われる由縁だって事は知ってるんだから。
だからその翌週に、撮影所の入り口で彼とバッタリ顔を合わせた時、あたしは思わず叫んじゃったわよ。
「あたしは運命なんて信じないんだから!」
おはよう、も、こんにちわ、も、この間はどうも、といった挨拶を一言も言わずに、いきなりそう叫んだあたしに、冷静そうな彼も流石に面食らっていたみたい。
ま、当然よね。
「これは運命と言うより単なる偶然では?」
素早く立ち直った彼が冷静にそう切り返して、あたしも頷いた。
「ごめん、またちょっと取り乱してるの」
彼に馬鹿げたドレスの話をする訳にも行かないから、適当に取り繕ってそう言った。
取り乱してるのは確かな事だし。
「貴女は始終取り乱しているようですね、マルローネさん」
どうしてあたしの名前を知ってるのよ!
あ、この間、決算報告書を見て貰ったんだっけ・・・
「普段はそんな事はないのよ」
あなたに会った時だけよ。
「まだ仕事は終わらないんですか?」
と聞かれて
「ううん、終わって食事に行こうかと思ってたトコなの」
と素直に答えたのがまずかったのかしら・・・
二人で向かい合ってレストランで食事をする羽目になるなんて・・・
一人なら安い定食屋で済まそうと思っていたのに、高そうなレストランで立派なディナーを食べてる。
しかも、どう言う訳か、結構、話が盛り上がっちゃったりしたのよ!
楽しくなるとお酒も進むわけで。
「あたしの部屋に寄ってコーヒーでも飲んでく?」
なんて調子付いて誘ったりして。
ホラ、それは食事をご馳走してもらったし、アパートまで送って貰ったお礼で、ね?
「で?どこに座ればいいんでしょう?」
え〜?そんなに散らかってる?
ベッドの上には何もないじゃない。
彼は溜息を吐いてベッドまで足の踏み場に気を使いつつ歩いていった。
そんな大袈裟にしなくても、歩く場所くらいあるじゃないの。
「よくここで暮らせますね」
呆れる彼にコーヒーカップを渡して、あたしは肩を竦めた。
「あたしは収納が下手なのよ」
ドサッと勢いづいてベッドに座り込んだあたしが持っていたカップからコーヒーが零れて彼のスーツにかかる。
「ご、ごめん!」
あちゃ〜、またやっちゃった。
あたしの服ならジャカジャカ洗えるヤツばっかりだけど、彼のスーツやシャツはそう言う訳にもいかないでしょう。
「脱いで!」
せめて染みだけでも取っておかなくちゃ。
「構いませんよ」
そう言われても。
「マルローネさん」
そう呼ばれてあたしは我に返る。
今のあたしは彼をベッドに押し倒してスーツの上着を剥ごうと彼に馬乗りになっている。
これって、ちょっと不味い構図だわ。
だから、彼があたしの首筋を撫上げた時、ゾクッとしちゃって、そのまま抵抗出来ずに抱き寄せられてキスしちゃったのよ。
こんなキスは久し振り・・・キス自体が久し振りだったんだけど・・・ふわっと軽く触れて、柔かいな〜って思ったら次の瞬間、舌が入り込んで来てて。
彼は見かけによらず意外と情熱的なのかも。
「ねぇ、名前まだ聞いてないよ」
そうなのよ、まだ聞いてなかったの。
だって怖かったんだもん。
「クライスです、クライス・キュール」
クライス・・・らしい名前。
硬くて真面目そうよね。
「あたしはね、普段はマリーって呼ばれてんの」
マルローネ、なんて呼ぶ人は少ないのよ。
「マリー」
クライスにそう呼ばれて、ゾクゾクする。
もっと呼んで。
「クライス」
あたしは笑いたくなってクスクス笑いながら身体を起こそうとしたけど、クライスに抱きしめられてベッドの上でくるりと上下が逆転した。
くるっと回って、世界も回る。
クスクス・・・おかしいね。
酔っ払っちゃったかな?
「マリー、後悔しませんか?」
やだぁ、今更なにを言ってんのよ!
ここまで来て。
「子供じゃあるまいし」
後悔なんてしないわよ。
それとも
「あたしが欲しくないの?」
嫌になったら止めてもいいんだよ。
クライスは一瞬、困ったような顔をしたけど、結局ネクタイを緩めて服を脱ぎ始めた。
あたしの服はね、脱ぐのが簡単なんだよ〜ワンピースだから!
ホ〜ラ!あたしの方が脱ぐのが早いでしょ〜!
「手伝ってあげよっか?」
まずは眼鏡を外してっと。
「ちょっ・・・マリー!」
どうしてダメなのよ?
「それを外すとあまり見えないんです」
クライスはそう言って眼鏡を取り戻そうとするけど。
「見えなきゃ、近づけばいいじゃない」
ね?近くに寄れば見えるでしょ?
あたしの顔も身体も。
ほら、もっと近づいてよく見てよ。
あたしはプロポーションには自信があるんだから!
胸はDカップはあるし、腰のラインも綺麗でしょ?
脚だって、いい形をしてると思わない?
お尻だって垂れたりなんかはしてないんだから。
だから身体の線がピッタリ出るような服だって着られるのよ。
それにココだって・・・
あたしはそんなに遊んでいる訳じゃないから、キレイでしょ?
まだ数えるほどの男しか知らないんだもの。
ねぇ、クライス。
触って、気持ちよくさせてよ。
あなたも気持ちよくさせてあげるから。
クスクスッ・・・楽しいわね。
充実した仕事と美味しい食事にいい男が揃って幸せよね、あたし。
楽しくて何度も笑い声がこみ上げてくるのをクライスのキスで止められた覚えがある。
そして何度も名前を呼ばれたことを覚えている。
「マリー」って。
それだけ。
目が覚めると、ベッドの隣にクライスが眠ってた。
あたし・・・お酒止めよっかな?
そんなに悪酔いするクチじゃなかったのに。
どうしたんだろう?昨夜は。
どーん、と落ち込んでいたあたしの隣でクライスが漸く目を覚ました。
「何時ですか?」
んーと・・・時計は・・・
ベッドの周りを掻き回して時計を探すあたしをクライスがベッドに抱き上げた。
「今日は土曜日だから気にしなくても構いませんよ」
なら聞かないでよ!
あん、キスするの、止めて!
「どうしたんですか?」
嫌がるあたしの様子を見て、クライスが不思議そうに訊ねてくる。
そりゃあ、昨夜はあたし達、その・・・アレだったけどさ。
「あたしの気持ちは最初から変ってないのよ、クライス。あたしは結婚する気はないの」
初めて会った時に話した言葉を繰り返す。
「それはもう聞いてますよ」
覚えてくれてたなら良かった。
「でも、どうしてそこまで固執するのか理由を伺いたいですね」
そう来たか!
ここまで来たら隠していても意味がないのかな?
クライスにも解って欲しいし。
あたしは送られてきたウエディングドレスをクライスに見せて、全てを話した。
「ね?あたしが言い続ける理由がわかるでしょ?」
解るわよね?
あなたは頭の良い人だもの。
「あたし達がすごく違い過ぎる、って言うのも解るでしょ?あたしはこの通りの女だし、あなたはあたしと正反対なんじゃない?」
キチンと片付いた部屋に住んで、染み一つないスーツを着て、毎日定時に出かけて行くんじゃない?
散らかし放題の部屋に住んで、皺だらけの服を平気で着て、遅刻の常習者のあたしとは違い過ぎるでしょ?
「そうですね」
頷くクライスにあたしはホッとする。
身体の奥の方でチリリと鳴る音はこの際、無視して。
「ですが、私は貴女と一緒にいると楽しいと思うんですよ。どうしてなんでしょうね?」
そんな事あたしに聞かれても困るわ。
「貴女はビックリ箱のような人ですからね。会う度にこちらが予想もつかない事を言い出して驚かせてくれる。こんな人にはもう二度と会えないかもしれないと思うと、私は魔法なんて信じませんが、信じてみてもいい気がしてきますよ」
ち、ちょっと、待ってよ!
「解ってくれたんじゃないの?」
あたしが結婚する気がない事を。
「貴女が言い続けているのは、そうなる事を恐れているからでしょう?結婚出来ないのではなく、するのが怖いからでは?」
イヤだ、もう!
これだから頭のいい人って嫌いよ。
「どうして解ったの?」
ブスっとクライスを睨みつけながら訊ねると、クライスはいけしゃあしゃあとこう答えた。
「身体は正直だといいますからね」
あたし達が土曜の休日をずっとあたしの部屋で過ごした事は言うまでもない。
あたしが結婚式に抱いていた夢っていうのはね、在り来たりの式や披露宴なんかでは断じてなく、人様とは違った事がしたかったのよ。
だって詰まんないじゃないの。
例えば、ケーキは純白じゃなくてカラフルな色のもので、パーティにはピエロとか呼んじゃったりして、バンドに演奏してもらって、パァっと派手にみんなで飲んで騒いで楽しくノリノリで・・・と行きたかったのに、クライスが全部却下にした。
あたしの母親と共謀して伝統的な式と披露宴を準備していた、花嫁のあたし抜きで。
だからケーキは純白のタワーみたいなやつだし、ピエロも呼ばなきゃ、音楽もバンドじゃなくてアンサンブル。
シアにも
「マリーの結婚式にしてはまともよね」
なんて言われちゃったわ。
このあたしが言い成りになるなんてね。
それだけ愛してんのよ、クライス。
解ってんの?
「私もまさか、料理も掃除も出来ない女性と結婚するとは思ってもいませんでしたよ」
それが答えなの?
まあ・・・許してあげてもいいわ。
このドレスに免じてね。
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