| 「お誕生日おめでとう!マリー」
 放課後、シアがそう言って、包みを差し出した。
 あ、そうか、今日はあたしの誕生日だったっけ。
 
 「ありがと、シア」
 持つべきものは義理堅い親友よね。
 本人が忘れている誕生日だってちゃんと覚えていてくれるんだもん。
 
 「マリーが欲しがってたCDにしたんだけど・・・よかったかしら?」
 包みを開けて出てきたのは、欲しいけど自分じゃお金出してまで買うほどじゃないかな?と悩んでいたCD。
 こういうのを貰えると毎月誕生日があってもいいかな?と思えちゃう。
 「うわっ、ありがとう!うん、凄く嬉しい!!」
 
 優しいシアはほっとしたように笑った。
 「そう、よかったわ。今日は空いてるの?一緒にお茶していかない?久し振りに」
 シアのお誘いにあたしは頷きそうになったけど
 「残念ながらダメです!」
 横槍が入った。
 
 「申し訳ありませんが、マルローネさんはこれから私とデートです。明日にして下さい」
 クライスが後ろからあたしを抱きかかえて、シアの前から強引に引き離す。
 
 「ご、ごめんね、シア」
 詫びるあたしにシアは笑って手を振ってくれたけど。
 
 「酷いじゃない!突然出てきて引き離すなんて!」
 あたしはクライスに猛然と抗議した。
 いきなり来てあんな事言うなんてさ、約束してた訳でもないのに。
 
 あたしがブツブツと文句を言うとクライスは眼鏡をそっと持ち上げて
 「酷いのはどっちですか、貴女は私が恋人の誕生日に何もしないような冷たい男だとでも思っているんですか?」
 う、だってだって、あたしだって忘れてたんだもん!
 それに約束してないのは本当じゃないのよォ。
 
 小さい声でブツブツとぼやき続けるあたしにクライスは溜息を吐いて。
 「とにかく!今日は私に付き合って頂きますよ、いいですね?」
 そう強く言い切ってから、にっこりと微笑んだ。
 
 うううっ、卑怯だわ!あたしがその笑顔に弱い事を知ってるくせに。
 「わ、判ったわよォ」
 
 
 
 「付き合うって、ココ?」
 あたしはある建物の前で唖然となりながらクライスに尋ねた。
 「そうです」
 そうです、ってアンタ、期待させといて何なのよ!ここはラブホじゃないの!
 
 「これが誕生日のプレゼントな訳?」
 何もさ、バラの花束とか高価なアクセとか期待してた訳じゃないけど、そりゃあさ、あたし達は学生で滅多にホテルなんて使わないけど、でもさ。
 口に出せずに不貞腐れていると。
 
 「ここなら映画もゲームも泳ぐ事だって出来ますよ」
 クライスってば平然と言ってくる。
 映画ってビデオでしょ?ゲームってたって高が知れてるじゃないの!それに、それに最終的にやる事が決まってるし・・・。
 
 「イヤですか?」
 うううっ。
 「イヤじゃないけど・・・」
 だから困ってんじゃないのよォ。
 
 クライスは部屋を予約までしていたらしい。
 高そうな広い部屋。
 「わ〜お風呂、ひっろ〜い!」
 泳げそうだわ、ホントに。
 
 「まずお風呂に入りますか?」
 クライスが聞いてくる。珍しい。
 「え?えっと・・・クライスはどうしたいの?」
 いっつもは有無を言わさず強引に進めるのに。
 
 「今日は貴女の誕生日ですから、貴女の好きなようにしますよ」
 なるほど、今日はあたしの意見が優先されるのか。
 へへっ、こういうのもいいかも!
 
 「えっと、じゃあね、まずはゲームしたい!」
 最近、受験勉強でご無沙汰してたから、久々に燃えたわ!
 古いソフトでも対戦式で相手はクライスだもんね。
 
 「わ〜い!勝利〜!」
 諸手を上げて喜ぶあたしにクライスは苦笑している。
 「まさか、わざと負けたんじゃないでしょうね?」
 誕生日だからってそれはチョット失礼な態度だわ、勝負は正々堂々としなくちゃ。
 
 「違いますよ、最近やっていなかったので腕が鈍ったみたいですね」
 そう?今ひとつ信用出来ないんだけどなぁ・・・と思っているとチャイムが鳴った。
 
 「ああ、来たみたいですね」
 クライスはドアに向かって何かを受け取っている。
 「なに?」
 
 クライスは白い箱を持ってきた。
 「ケーキですよ、ささやかですがパーティの雰囲気だけでもと思いまして」
 テーブルの上にケーキを置いてローソクに火をつけ、部屋の電気を消す。
 変なの、こんな事をするのは久し振りの感じがするし、一緒にいるのは家族じゃなくてクライスだけだし。
 
 「さ、吹き消して下さい。願い事を考えながら、ですよ」
 促されて、ふうっと吹き消す。
 願い事は・・・内緒よ!
 
 真っ暗になった中、クライスがキスをしてくる。
 「おめでとう、マリー」
 低い声で囁かれてあたしはゾクっとしてしまう。
 どうしてコイツの声ってこんなに色っぽいのよぉ。
 
 パチっと電気がついて明るくなった部屋で赤い顔を悟られまいとあたしははしゃぐ。
 「さあ!食べよう、食べよう。あたし、このチョコがのっかってるトコも〜らい!」
 さくさくとケーキを切り分ける。
 
 でも流石に2人でケーキワンホールは食べきれない。
 あんまり大きくなくてもさ。
 「残っちゃったね、どうする?」
 クライスはあんまり甘いものが好きじゃないから殆ど食べなかったし。
 
 「そうですね、どうしましょうか?持って帰ります?」
 持って帰ってどうすんのよ、食べかけのケーキなんてさ。
 「あたしは半分は食べたんだから、クライスも責任持って半分食べちゃってよ」
 そうよ、あたしは半分食べたからもうお腹一杯だもん。
 
 「判りました、残りは私が何とかしましょう」
 あたしが非難するとクライスはそう言ってケーキのクリームを掬い上げた。
 ちょっと!手づかみで食べる気?
 
 クライスは驚いているあたしの顔にそのクリームを擦り付けた。
 「何すんのよ!」
 「食べるんですよ、もちろん」
 そう言って、クリームを擦り付けた頬をペロリと舐めてくる。
 
 「や、やだ!」
 クライスは鼻の頭や首筋にまでクリームを擦り付けてはペロペロと舐める。
 「やめてよ、変な事すんの!今日はあたしの言う通りにしてくれるんでしょ?」
 背中がゾクゾクとなりながら抗議すると
 「ケーキを食べろと言ったのは貴女ですよ、貴女の言う通りにしてるだけです」
 屁理屈ばっかり言って!
 
 あん!やめてよ、足にまで・・・もう!
 残っていたケーキのクリームは土台を残して綺麗にあたしの体に移された。
 「もう!ベタベタじゃない!」
 「じゃあお風呂に入って綺麗にしましょう。洗ってあげますよ」
 結局、コイツの思い通りに事が運んじゃう訳ね、トホホ。
 
 大きなバスタブにお湯を溜めながらあたしは髪を上げてからまず顔を洗った。
 ううっ散々舐め回してくれちゃってぇ。
 クリームの油でベタベタになっちゃったから2回ほど石鹸で洗い流す。
 
 顔と手を洗ってさっぱりとしたあたしはほっとしてタオルで拭いていると、クライスが後ろに立ってスカートのホックを外してストンと落としてしまう。
 「ひ、1人で脱げるわよ」
 「今日は全部やって差し上げますよ」
 
 今日はって、いっつも脱がすのはアンタが率先してやってる事じゃないの!
 大声で叫びたいけど、クライスがあたしの体を触りながら服を脱がし始めちゃってて上手く言えない。
 だって、だってさ、クライスってばあたしがどこが弱いかよっく知ってるんだもん。
 
 「あ、はぁん、やん、んん・・・」
 もう、変な声出てきちゃうしさ。
 ほら、鳥肌だって立って来ちゃったじゃないの。
 
 「はぁっ・・・」
 全部脱がされた時にはもう息が絶え絶えだったわ。
 
 クライスが服を脱ぎ始めた隙にあたしは広いお風呂場に逃げ込んだ。
 このままじゃゆっくり泳がせてもらえなさそうなんだもん。
 広いと言ってもお風呂だから高が知れてるけど、手足を伸ばして体を浮かせるスペースは充分にあった。
 
 バシャバシャとバタ足なんかしてるクライスが入ってきた。
 あたしを見て苦笑してたけど、珍しく文句は言わなかったわ。
 だって泳げるって言ったのはクライスだもんね。
 
 クライスはお風呂に浸からずにシャワーを使い始めた。
 泳いでる振りをしてそっと窺う。
 眼鏡を外すと少し幼く見える顔、意外とガッチリしている体、逞しい腕、長い指・・・いつもあたしを感じさせる。
 
 「いつまでも見ていないで上がって下さい。逆上せますよ」
 あたしったら、いつの間にかじっと見てたみたい・・・恥かしい。
 クライスに促されてお湯から上がったあたしは、お湯のせいなのかどうかはっきり判らないけど顔が赤かったと思う。
 
 「さ、座って、洗ってあげます」
 クライスの前に座らされて背中を向ける。
 洗うって・・・素直に洗ってくれる訳じゃないんだろうなぁ。
 
 ほ〜ら、手にボディソープ付けただけで体に触ってくるもん。
 「あん、ああん」
 背中はすっと一撫でしただけで後ろから胸を触ってくる、スケベ!
 
 ぬるぬるとした感触でよく滑る手で胸を揉まれて、あたしは声が響く浴室で喘ぎ捲っちゃった。
 「あはぁっ、ああん、はぁん」
 胸の先も指でグリグリと捏ね繰り回すし・・・クライスのむっつりスケベ!
 
 あたしは背中を仰け反らせて、クライスの肩に頭を乗せて凭れかかってしまった。
 嬉しそうに笑っているクライスの顔を引き寄せて唇を重ねる。
 
 あたしの体を触るの好き?あたしもアンタに触られてると気持ちよくって好き。
 もっと触って、声を上げんのはまだ恥かしいけど、求められんのって、それって愛されてるって感じるから。
 
 クライスに一番敏感なトコを擦り上げられて、あたしは軽くイッてしまった。
 お風呂場のタイルに横たわりながら、ぼんやりと覆い被さってくるクライスに手を伸ばす。
 来て、ちゃんと抱いてね。
 
 「はぁん、あん、ああ、クライスゥ・・・」
 「ああ、マリー」
 体についたボディソープを洗い流していないあたし達は、滑りやすい体で繋がっているせいか、何だかいつもより早く限界が来ちゃいそう。
 「ん、はぁっ、クライス、あたしもう」
 「ええ」
 
 ぐったりしたあたしの体から離れたクライスはシャワーを出して体についた泡を洗い流してくれたけど
 「やん、髪が濡れちゃうよ」
 ちゃんと起き上がれないあたしは全身濡れてしまう。
 「髪も洗ってあげますよ」
 
 クライスの言葉にあたしは重い体を起き上がらせてシャワーヘッドを奪い取った。
 「それは絶対にダメ!」
 だって、クライスったらブラッシングしないで髪を濡らしてシャンプーをつけたりしたんだから。
 髪にはね、ちゃんと洗う手順があるのよ!
 無神経な男の手にかけてなるもんですか。
 
 丁寧に髪を洗っているあたしを置いてクライスは先にお風呂場から上がってくれた。
 あたしはのんびりとお湯に浸かって、ドライヤーで乾かしてから戻ると、クライスはベッドの上で眠っちゃってる。
 酷いわね、そんなに待たせたつもりはなかったけど・・・長かったかな?
 
 クライスの寝顔なんて、滅多に見ないから起こさないでちょっと見ちゃえ。
 あ、睫長い。
 頬をほんのり赤くして、可愛いよね。
 へへへっ、これが今日一番のプレゼントだったりして。
 
 つんつん、とクライスの寝顔を指で突付いても起きない、あたしは悪乗りして軽いキスを顔中にしてみる。
 まだ起きない。
 クライスの上に馬乗りになってバスローブを肌蹴てみる。
 寝息は乱れた様子もない。
 
 あたしは大胆にクライスの首筋に、胸元に唇を這わせ始めた。
 自分でもバスローブを脱いでクライスの体に擦り付ける。
 ホントにまだ寝てんのかな?
 
 「いい加減、狸寝入りは止めなさいよ」
 鼻を摘むと上に乗ってるあたしの腰に手が回される。
 「いつから起きてたの?」
 問い詰めると「正確に言えば寝ていませんでした」ですって。
 
 「何で寝た振り続けてたの?」
 「貴女がどこまでするつもりなのかと思いまして」
 どこまでさせるつもりだったのよ!
 
 脹れっ面をしたあたしに
 「今日は貴女の好きにして頂く事になってますからね」
 なんてにっこり笑って言うし。
 
 「・・・して欲しいの?」
 男はみんなして欲しがってるって聞いたけど、クライスもやっぱそうなのかな?
 「無理にして頂かなくも構いませんよ」
 気を使ってんのかな?
 
 「それよりもまだだるいのでしょう?少し寝てもいいですよ」
 クライスは上にいるあたしを隣に横にさせる。
 ホント言うとね、まだちょっとだるいし、眠いんだけど。
 
 「いいの?」
 尋ねるあたしにクライスは優しく笑って毛布を掛けてくれる。
 「今日は貴女の誕生日ですからね、特別ですよ」
 
 あたしはクライスの首に顔を摺り寄せて体をギュッと押し付けた。
 「ありがと、クライス」
 優しい手つきで髪を撫でられながらあたしはゆっくりと眠りに落ちていく。
 
 あのね、起きたら教えてあげるよ。
 ローソクを吹き消す時にお願いした事。
 来年も再来年もずっとこうしてアンタと2人で誕生日を迎えらますように、ってお願いしたんだ。
 好きだよ、クライス。ずっと一緒にいたいね。
 
 
 「う・・・ん、クライス・・・」
 眠りながら名前を呟いた恋人の髪に顔を埋めて、洗い立ての髪の香りを嗅ぎながらクライスはそっと呟き返した。
 「さっきは惜しかったですね、来年の貴女の誕生日が楽しみですよ、マリー」
 
 秋の短い日はまだ沈んでいない。
 マリーの誕生日はまだ終わらない・・・。
 
 
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