翠玉の季節の中で





どうしよう。
先生に完全に気付かれた。絶対に僕だってわかってしまっただろう。
先生、どう思っただろう・・・。

僕はさっきの思いがけない出来事に些か動揺していた。
そのことに彼が気が付かない訳はない。
「さっきの男、知り合いか?」
「え?」一瞬何のことを言われたのかわからなかった。どうやらタクシーに乗り込む時に先生を見かけたことを言っているらしい。
「あ。えーっと・・・あれ先生。僕のガッコの」
「ふーん。先生ねぇ。あいつのせいだろ?お前最近様子が変なんだよ。ま、別に構いやしないが。」


不意の衝撃に体が傾いた。
薄明かりの中、僕はベットへ倒され、柔らかいスプリングに体が跳ねる。
彼は静かに眼鏡を外しサイドテーブルに置くと、僕に覆い被さり口付ける。
「今はこっちに集中しろよ。」
言うなり口付けが深いものとなる。彼の舌が侵入し僕の口内を犯し始めた。
僕の体から力が抜けたのがわかると、体中を彼の手が這いその後を唇が追いかけ僕を急速に追い詰める。
彼が僕の感じるポイントを的確に責める度、僕の身体はビクンッと震えてしまう。
「くっ。相変わらず敏感だな。」
薄く目を開けると彼の端整な顔が見えた。
「ん・・・あ、はあっつ・・・・・。」
抑えられずに声が漏れる。
なおも愛撫の手を緩めない。いつもそうだ。彼は僕があまりの快感にどうしようもなくて泣きながら懇願するまで責め続ける。
「あん、・・・・もう・・・・っ。」
「どうした?もっと、だろ?」
「・・・ちが。はぁ・・お・・・ねが・・・いっ・・・。としあ・・・・き」


僕が二階堂俊彰(にかいどう・としあき)と知り合ったのは半年ほど前のことだ。
彼は僕の中に自分と同じものを感じとったのかもしれない。
それ以来、彼とは月に2〜3回こうして逢う関係を続けている。しかし、僕達は互いのことをほとんど知らない。
僕が俊彰について知っていること。それは、年は29歳、独身、コンピュータ会社の専務で次期社長となる人物らしい、ということくらいだ。
僕達は同士となった。
お互いの共通点、それは心に負った傷。その傷は決して癒されることはないとわかっているのにひとりで耐えることができなかった。弱い僕達。僕達ふたりがこの世界で生きていく為にはこの逢瀬は必要なことなのだ。
弱いもの同士、互いの傷を舐め合いながら生きていく。こんな方法しか思いつかなかった不器用な僕。
愛されたいのに、愛したいのにそれが怖い。全てを掛けた愛が裏切られたら?痛みは消えることなく深く深く残る。
お願い、誰か一緒にいて。僕を愛して。僕を必要として。僕だけを見ていて。ずっと変わらずに。
――ひとの気持ちなんて簡単に変わってしまうのに・・・。
俊彰は愛することそのものをやめてしまったようだ。彼の絶望はどれだけ深いものなんだろう。
聡明な彼は僕がどんな気持ちから彼との逢瀬を重ねているのかとっくに気が付いているだろう。だけどお互い利用し合って、バランスを保っている。
こんな関係がいつまで続くのかなんてそんなことはわからないけれど。
俊彰のように切り捨ててしまえれば楽なのに。それができない僕は足掻き続ける。
此処は冷たく暗く孤独だ。此処から見上げる。飛べない蝶のように何処へも行けない。あの空への憧憬だけが募っていっても。


俊彰は僕を思うまま揺さ振った。
彼は腰を引いて自身をぎりぎりまで抜いたと思うと一気に突き立てる。
僕は途切れることなく与えられる快感に理性は既になく、ただ喘ぎ身体を戦慄かせる。
「あっ、あああぁ・・・。」
求められる快感。必要とされる悦び。それらが僕の中で頂点に達した。
白い液体を撒き散らし僕が果てる。気を失う瞬間、最奥に熱い迸りを感じた。


虚構でもいい。虚飾でも構わない。
自分ではどうすることもできない僕はそれらに縋って生きていく。
でも、こんな僕でもいつか”ほんとう”に出逢えるのだろうか。僕を此処から救い出してくれるのか。
もうひとりの僕がそんな希望を打ち砕く。期待しちゃダメだ。傷つくのはもう嫌だろう。
自分が幸せになれると思っているのか。お前にはそんな資格はないだろう。
男に衝かれて悦ぶ淫乱な僕。欲望に満ちた精神はもう浄化されることはないのかも知れない。







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