黒の宴 1 - 2
(1)
体の奥底に火が残っている。
消し去りたくても消えない。可燃物が近付けば一気に燃え広がりそうな小さくても危険な火種が。
男達の手による狂乱の宴から解放されたものの、しばらくの間アキラは毎夜のように
悪夢にうなされ苛まれた。
暗闇の中、ぬかるみのような地面から何本もの腕が生え出て来て足を掴まれアキラは転倒する。
その手は寄ってたかってアキラの衣服を引き裂き剥ぎ取り、口を塞ぎ目を覆い髪を捕らえる。地面に
大の字に縫い付けられて指先すら動かせないほどに全身を固定されると一斉にその手が数を増やして
体の表面を這い回る。手は指先が一体化してしっとりと濡れた生暖かい舌となり、首元を、胸を、
腹部を、腰を、そして局部を舐め回す。
ぬめぬめと敏感な箇所を責め立てられ、やがて両足の間に特に熱く固いモノが押し当てられてそれが
体の奥深くに侵入を始める。自分はそれを拒む事ができない。侵入を容易にするために足を限界まで
大きく開かされて腰を高く浮かされる。
体の奥に潜んでいた小さな火が大きく燃え上がって侵入して来るものと結びつきうごめいて呻き声すら
あげられないアキラを長い間翻弄し一気に外へ吹き出そうとして体の先端のある出口に突進する。
その瞬間に目が覚める。
部屋の中の空気はまだ早春の硬質な冷たいものなのにもかかわらず全身が汗でぐっしょり濡れている。
動悸がする。思わず夜着の下を見るが自分自身が熱く溶けそうな程に脈うっているだけだった。
いっそ吹き出てしまっていればよかったのに、寸前で止まっている。
その状態から先に自分で導く事が出来ない。試しても無駄だった。そうして消えない火種が
残る。壁にもたれかかって苦しいため息をつく。あのおぞましい経験は二度としたくない。
だけど体は、あの感触を望んでいる。あれ以上の快楽を求めている。あの研究会の日から。
(2)
あの日、ヒカルの部屋でヒカルと唇を重ねた後一気に緊張が解けてアキラは気を失うように深い眠りに堕ちた。
ヒカルが何とか抱き上げてベッドに横たわらせ、ふとんをかけてくれた事にも目を覚まさない程に。
深夜に目を覚ました時、ヒカルの寝顔が間近にあった。頬杖をついてしばらくこちらの寝顔を見守ってくれて
いたかのようなポーズだった。アキラはしばらくぼんやりとヒカルの顔を見つめていた。薄い色の前髪の
何本かが睫毛の上に乗っていた。手を延ばして柔らかそうな頬に触れたかったが出来なかった。
朝、そのまま朝食をごちそうになって、別れた。せっかく用意してもらったため、少量だったが無理矢理
胃に押し込んだ朝食は駅のトイレで全て戻してしまった。体が受け付けなかった。
もしもヒカルに何か少しでも問われたら全て話してしまったかもしれない。全て話し、泣いて
すがったかもしれない。でもヒカルはアキラに何も聞かなかった。聞いてくれなかった。
ヒカルにはそういうところがあった。人が語ろうとしない事には決して踏み込んで来ない。
まるで彼自身自分の心の奥に誰も踏み込ませない大切な場所を抱えているかのように。
でもおそらくそれは自分のものとはだいぶ質の違うものだろう。
その後アキラにヒカルと二人きりで会う機会がなかった。今ヒカルの頭の中にあるのは
北斗杯予選の事だけなのだ。自分も忘れようと思い碁会所でただひたすら碁を打ち続けた。
指導碁であれ棋譜並べであれ。ふと、視線を感じたのはそんな時だった。
「…進藤!?」
なぜ咄嗟にそう感じたのかは分からなかった。だが思わずアキラが顔を上げて周囲を
見回した時に目に入って来たのは見知らぬ一人の少年だった。
体格も髪型もヒカルとはかなり違う。目付きも、ヒカルはあんな射るようには人を見ない。
どちらかと言えば緒方に近い性質のものだ。少し離れた柱の傍に真直ぐに立って、彼は無言で
こちらを見つめていた。ヒカルに思えたのは彼の黒い学生服のせいかもしれなかった。
ただそれだけのせいだとその時アキラは思った。
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