黒の宴 11 - 15


(11)
白のセーターと淡いベージュのチノパンに深いグリーンのPコートを羽織ったアキラを少女と見間違えて
「お似合いのカップルね」と耳打ちし合うアベックも居る。そう言う事にアキラは慣れていて気にしていなかった。
ヒカルだって社と並べば女の子に間違えられかねないだろうと思った。
確かに店を出てからも社は心持ち人混みからアキラを庇うように寄り添って歩いた。
アキラに対し興味深気な視線を送る中年の男を社は容赦なくジロりと睨み返す。
社の行動一つ一つに押さえ切れない男気が見て取れる。怖いもの知らずで生意気盛り。
多分社はかなり女の子にモテるだろうな、とアキラは思った。
その時ふと、社が足を止めた。繁華街の店の並びの本屋を気にしている。
「塔矢元名人の詰碁選集、新しいの出たんやろ。まだゲットしとらへんのや、オレ。」
「何だ、それなら、」
碁会所に戻ればあるはずだが、ふとアキラは新しい事務所に寄ろうかと思った。
父の本以外にも参考に出来る本が運んであるはずだ。社に好きな物を選ばせて貸してあげられる。
アキラはその事を社に提案してみた。新幹線の時間の事が気掛かりではあったが。
「ホンマか!?ええんか!?大阪行きなんて遅くまでいくらでも出とる。大丈夫や。」
賑やかな表通りから一本奥まった通りにその建物はあった。
碁会所と同じように八階立てのコンクリートのビルの中の一室。
他の部屋も住居と言うより事務所として借りられているせいかエレベーターであがっても
内部はひっそりと静まっている。
二人は黙ったままやけに足音が響く廊下を歩いた。時間的なものもあるが、これ程人気の無い
場所だとは思わなかった。
アキラは多少後悔する反面、そう思う事が社に対して失礼な話だと自分を戒めた。


(12)
まだなんの表札も掲げていないドアをあけると6帖のフロアーが一つ。真新しい事務机と椅子が並び、
まだ配線をしていないOA機器が机の上に無造作に乗っている。窓の白いブラインド近くに空のスチールの
本棚があり、その下に書籍や書類が詰まった段ボールが置かれていた。
しまった、と思った。とても本を選んでもらう状態ではなかった。
部屋の右側に給湯室とトイレとシャワーが使える部屋があって、もう一間6帖の和室がある。そっちを覗いてみた。
隅に座ぶとんが5〜6枚積んであり、そこにも本棚があった。
そちらには本が既にそろえて並べられていて、アキラはホッとした。
社の方を振り返り、手招きをする。
詰碁集の新刊も何冊かあった。その内の一冊を手に取り、パラパラとめくる。
「これのことだよね。持って行っていいよ。他に何か…」
そう言いながら社にその本を手渡そうとした。
だが、社が掴んだのは本ではなく、本を持つアキラの左手首だった。
「…?」
アキラは掴まれた自分の手首を驚いたように見つめ、それから社の顔を見た。
社は笑顔ではあった。が、先程までの爽やかなものではなく、何かを見透かしたような、
冷ややかに卑下するような笑顔だった。
青白い蛍光灯の明かりのせいではなさそうだった。アキラの背筋に冷たいものが走った。
手を振払おうとしたが逆にもう一方の手首も掴まれる。本が床に落ちた。
数歩引き下がるとすぐに背中に本棚が突き当たった。そのまま社が体を密着させて来た。
社が顔を近付けてきて、あと僅かで唇が触れあうところで止めた。


(13)
「何を…」
そう言いかけて押し黙った。何か言おうとすればすぐにでもほぼ鼻先が触れあう位置にある
社の唇が塞がって来そうだった。
アキラは社の目を睨みつけた。社はそんなアキラの表情をじっくりと観察するように眺めていた。
同い年には思えない、捕らえた獲物の価値を目でじっくり吟味するような狩人のような目だった。
そうして暫く互いの視線をぶつけ合ったあとで社は静かに言葉を発した。
「…あんた…さっきの対局で、打ちながらイキそうになったやろ。」
アキラは一瞬目を見開き、目を反らした。否定するにもほぼ瞬時にカッと顔に血が登って
しまっていた。
「恥ずかしい事ないで…オレも時々ある。相手がごっつう色っぽい年上の姉ちゃんだったりすると、
やけどな。」
顔を背けているアキラのこめかみから頬、顎にかけて息を吹き掛ける。そうして顎から首の方を
チロリと舌で舐めた。
「…っ!」
ゾクリとする感触に反射的にアキラが肩をすぼめて顎を戻しその部分をガードする。
アキラ社の唇がほぼ間近に向かい合った。社はそのアキラの下唇をスーッと舌で舐めた。
「やめ…」
アキラが顔を振って社の舌から逃れる。社は追いかけっこを楽しむように
アキラが顔を向ける方に顔を寄せて来る。その一方で下腹部をアキラの下腹部に強く押し付けて来ていた。
「欲しいんとちゃうんか」
社の固くなった部分が伝わって来る分、こちらの高まりも知られてしまっている。
碁会所を出て静まりかかっていたアキラの分身は瞬時に熱を取り戻していた。
社が若干膝を上げてアキラのそこを摩るように動かした。アキラの唇から小さく悲鳴に近い声が漏れた。


(14)
そのアキラの悲鳴を消そうとするように唇の上に社の唇が乗っかかって来た。
「ん…っ!」
下の唇に吸い付き舐め回すようにして、次に上の唇に吸い付いて来る。そうしてアキラの
薄く形の良い唇全体を覆うようにして来たかと思うと様々に角度を変えて文字どおりアキラを貪る。
一瞬息を継ぐために僅かに離れて社はアキラを見つめ、再び激しく口付けてくる。アキラの手首を掴んでいた
左手を離すと今度はアキラの顎を押さえ込んで固定し、口を開けと言わんばかりに頬に指を立てて
力を入れて来る。余りの握力に痛みでアキラが思わず閉ざしていた歯列を開くと社の舌が内部に侵入し、
アキラの舌を捕らえた。
相手はヒカルではない。それは分かっているのだが、音を立てて口内のあらゆる部分を
舐め回され舌同士を絡ませられると意識がどこかへ持っていかれそうになる。
体内の奥深くで揺れ動いていた小さな炎が一気に全身に転位しそうになる。
心で強く拒否していても、次第に体から力が抜けて行く。
社がアキラの頬に痛々しい程の蒼い指の痕が浮き上がっているのに気がついた。
「…痛くさせるつもりはないんや」
社は恋人にするように今度は優しくアキラの顎を持ち直し、柔らかいキスをして来た。
炎が、広がってしまう。
力が入らない腕でアキラは社の体を押しやろうとした。だが鋼鉄のように社の体はびくとも
しない。むしろ衣服を通して社の筋肉質な腕や胸の質感が伝わって来てアキラの感覚を刺激した。
熱い肉体が迫って来る。その肉体を欲しがるものがアキラの中に棲んでいる。
獣のような炎と結びつきたがっている炎が、アキラの中に存在していた。


(15)
それでもまだその時は強い自制心をアキラは残していた。スッとアキラが体の力を抜いた。
社はそんなアキラに対し、掴んでいたもう片方の手も離して両手でアキラの頬を優しく包もうとした。
その時アキラが渾身の力を込めて社を突き飛ばした。
「うおっ」
後ろによろめいた社の体の脇をすり抜けてアキラは和室から出た。だが何かに躓いて
床に膝まづくように倒れる。社のスポーツバッグだった。
アキラはすぐに立ち上がろうとしたがグッと首に後ろから腕を回され捕らえられてしまう。
そのまま後ろに引き倒され、和室に引きずり込まれて社の大きな体が上にのしかかって来た。
「誘ったのはそっちや…!」
アキラの行動は僅かでも隙を見せればせっかくの獲物を逃してしまうという判断を相手に
させてしまった。社はアキラの体の上に覆いかぶさるように上半身を乗せて押さえ付けると
アキラのズボンのボタンを外しファスナーを下げた。
「あっ…!」
アキラは必死で両手で社の学生服を引っ張ったが抵抗し切れそうになかった。
それでも社の下から逃れようともがき、暫く畳の上で揉み合っていたが、社の体力にはかなわず両膝を
抱えられると一気にブリーフごと引き剥がされ、そのまま両膝の間に社の体を入れられてしまった。
社は剥いだ衣服を部屋の奥の片隅へ投げた。
上は、まだPコートを着たままであるのに下肢は剥き出しの状態で両手を床に押さえ付けられた。
「これでちょっと部屋を飛び出す、というワケにはいかなくなったな。」
そして社は少し上半身を浮かせて自分の体の下にあるアキラの下腹部を見る。
先端がこちらを向いた状態のアキラの薄桃色の先端部分が視線に怯えるようにピクリと震えた。



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