黒の宴 11


(11)
白のセーターと淡いベージュのチノパンに深いグリーンのPコートを羽織ったアキラを少女と見間違えて
「お似合いのカップルね」と耳打ちし合うアベックも居る。そう言う事にアキラは慣れていて気にしていなかった。
ヒカルだって社と並べば女の子に間違えられかねないだろうと思った。
確かに店を出てからも社は心持ち人混みからアキラを庇うように寄り添って歩いた。
アキラに対し興味深気な視線を送る中年の男を社は容赦なくジロりと睨み返す。
社の行動一つ一つに押さえ切れない男気が見て取れる。怖いもの知らずで生意気盛り。
多分社はかなり女の子にモテるだろうな、とアキラは思った。
その時ふと、社が足を止めた。繁華街の店の並びの本屋を気にしている。
「塔矢元名人の詰碁選集、新しいの出たんやろ。まだゲットしとらへんのや、オレ。」
「何だ、それなら、」
碁会所に戻ればあるはずだが、ふとアキラは新しい事務所に寄ろうかと思った。
父の本以外にも参考に出来る本が運んであるはずだ。社に好きな物を選ばせて貸してあげられる。
アキラはその事を社に提案してみた。新幹線の時間の事が気掛かりではあったが。
「ホンマか!?ええんか!?大阪行きなんて遅くまでいくらでも出とる。大丈夫や。」
賑やかな表通りから一本奥まった通りにその建物はあった。
碁会所と同じように八階立てのコンクリートのビルの中の一室。
他の部屋も住居と言うより事務所として借りられているせいかエレベーターであがっても
内部はひっそりと静まっている。
二人は黙ったままやけに足音が響く廊下を歩いた。時間的なものもあるが、これ程人気の無い
場所だとは思わなかった。
アキラは多少後悔する反面、そう思う事が社に対して失礼な話だと自分を戒めた。



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