黒の宴 12


(12)
まだなんの表札も掲げていないドアをあけると6帖のフロアーが一つ。真新しい事務机と椅子が並び、
まだ配線をしていないOA機器が机の上に無造作に乗っている。窓の白いブラインド近くに空のスチールの
本棚があり、その下に書籍や書類が詰まった段ボールが置かれていた。
しまった、と思った。とても本を選んでもらう状態ではなかった。
部屋の右側に給湯室とトイレとシャワーが使える部屋があって、もう一間6帖の和室がある。そっちを覗いてみた。
隅に座ぶとんが5〜6枚積んであり、そこにも本棚があった。
そちらには本が既にそろえて並べられていて、アキラはホッとした。
社の方を振り返り、手招きをする。
詰碁集の新刊も何冊かあった。その内の一冊を手に取り、パラパラとめくる。
「これのことだよね。持って行っていいよ。他に何か…」
そう言いながら社にその本を手渡そうとした。
だが、社が掴んだのは本ではなく、本を持つアキラの左手首だった。
「…?」
アキラは掴まれた自分の手首を驚いたように見つめ、それから社の顔を見た。
社は笑顔ではあった。が、先程までの爽やかなものではなく、何かを見透かしたような、
冷ややかに卑下するような笑顔だった。
青白い蛍光灯の明かりのせいではなさそうだった。アキラの背筋に冷たいものが走った。
手を振払おうとしたが逆にもう一方の手首も掴まれる。本が床に落ちた。
数歩引き下がるとすぐに背中に本棚が突き当たった。そのまま社が体を密着させて来た。
社が顔を近付けてきて、あと僅かで唇が触れあうところで止めた。



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