遠雷 19


(19)
アキラの耳に、芹澤と男の遣り取りは届いていなかった。
いま彼の脳裏を占めるのは、無数の蟻。
百では利かない、千では利かない。
閉じた瞼の裏にびっしりとこびりつき蠢く、蟻の姿。
それは記憶の中から探し出された映像だ。
真夏の昼下がり、地面に落ちていた飴玉を覆い隠す勢いで群がっていた、蟻。
その記憶の中の絵が、いまアキラを苦しめる。

芹澤に散々弄ばれた後孔に、最初に感じたむず痒さは、ぞくっとした違和感だった。
それが徐々に膨れ上がっていく。
ざわざわと不穏な感覚がそこここで湧きあがり、無視できないまでになったとき、アキラの脳裏に浮かんだのが蟻だった。

――――――うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!

声にならない声で叫んでいた。
もう、冷静に事態を受け止める余裕などなかった。
薬によって限界まで研ぎ澄まされた感覚が、薬によって引き起こされる感覚に理由を与えた。
その正誤など、この際関係ない。

蟻が、体内に、群がっている。



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