遠雷 11 - 15


(11)
「塔矢行洋の息子という立場は、君にとってどんな意味を持つのだろう?」
疑問の形で結ばれてはいたが、答えを求めていないのは明らかな言葉だった。
「あの、塔矢名人の息子というだけで、温室育ちのお坊ちゃんと思われているのは、君にとって幸運なのかな。
 君の天才を、名人の薫陶ゆえと過小評価する者も多い。
 実際、対局すればわかるのだがね。君の碁は、力強い。
 力と力がぶつかれば、双方が傷つくのは必至だ。私は、そんな危険を犯すつもりはない」
芹澤はにたりと笑うと、アキラの耳元で囁いた。
「君は知れば知るほど魅力的だ。覚悟しなさい」
声だけ取り沙汰すれば、とても甘い口調だった。
それは、芹澤の宣言だった。
芹澤は、サイドテーブルからチューブを取りあげると、たっぷりと指にとった。
そして小一時間に及ぶ直腸洗浄で、わずかに綻んでいたアキラの後孔に、ゆっくりと差し入れていた。
――――ウッ!
アキラの全身が揺れる。
シャワーホースより幾分細いとはいえ、意思を持って動く指は、痛みよりも生理的な嫌悪感をもたらす。
いまだに声を奪われたままのアキラは激しく首を振った。
その動きで、なめし皮が摩擦熱を持ち、アキラの柔肌を熱で焼く。
だが、その熱よりも今アキラを苛むものは、アキラの体内にもぐりこむ異物。
芹澤の指が、円を描くように腸壁を撫でまわす。
ぬるりと冷たい感覚が、悪寒となってアキラの背筋を這い上がる。


(12)

      イヤダ! 気持ち悪い!!
      助けて、誰か!
      お父さん、お母さん……ヤダ、ヤダ!
           

      イヤダ!

脳裏に閃く言葉の数々は、声となることはない。
追い詰められた小動物のように、全身を小刻みに震わせて、必死になって抗うアキラに、芹澤は囁いた。
「このクリームはね、ただの潤滑剤じゃないんだよ。
 君を素直にする、甘い薬が入っているんだ。催淫剤、聞いたことはあるかい?」

アキラは、思わず瞼を開けていた。
驚くほど近くに、芹澤の整った顔があった。
その男らしい美貌に、冷たい笑みがある。
それは、残酷で危険な微笑だった。


(13)
拷問にも煮た直腸洗浄で、刺激に過敏になっていた肉壁が、ぬるりと侵入してきた指にわななく。
アキラの脳裏に芹澤の指が浮かんだ。
黒石を挟む長い指は、爪の先まで手入れが行き届いていた。
対局のたび、何気なく眺めていたことが、いま改めて思い出される。
疲れ切った体には、恥しらずな指を拒む力はもうなかった。
無駄だとわかってはいたが、もう長いこと咥えさせられているギャグに歯を立て、必死に堪える。
――――うぅ、うー
耳に届く獣めいた唸り声が、自分が発しているものだと信じたくはなかった。
芹澤の指が、ぐるりと内部で動いた。
思わず、全身に力が入る。
再び閉ざした瞼の裏に、芹澤の凶悪な笑みが浮かんでは消える。
尊敬していた棋士の、もう一つの顔にアキラは戦慄を覚える。
どうしても信じられない。
静かな佇まいで、碁盤をにらんでいた彼の姿に、憧れに近い感情を持っていた。
彼の碁には品格があるといっていたのは誰だったろう。
父ではなかった。
森下さんだったか、桑原さんだったか……。
誰が言った言葉だったかは思い出せなかったが、自分もそのように理解していた。
芹沢は、品のある美しい碁を打つ、と。
自分もそのような碁打ちになりたい。
アキラはそう思っていたのだ。
そんな人物が、いまこのような愚劣な行為で自分を苛んでいる。
アキラにはどうしても信じられなかった。


(14)
アキラの気持ちなど置き去りにして、行為は続く。
「かたくなな心とは裏腹に、ココは随分解れているようじゃないか」
芹澤が楽しげに囁く。
手が自由になるものならば、耳を塞ぎたいとアキラは思った。
グチュグチュと耳に響く水音が、どこから聞こえてくるものか、考えるだけで死にたくなってくる。
「何本入っているか、わかるかな?」
アキラは答えない。いや、答えられるはずがない。
言葉は奪われたままだ。
「二本だよ。君の肛門は、美味しそうに咥えこんでいる。
物足りないかな。うん、物足りないようだね。待っておいで」
ぬちゃっという音がして、アキラの体内に差し込まれていた異物が、ずるりと抜け出ていった。
ほっと安堵の息をついたのは束の間、更なる質量が少し強引に入ってくる。
――――うあっ!
「そんなに驚くことはないだろう。ココは従順に受け止めているのだから。
三本。わかるかい、三本の指を君の肛門は受け入れているんだよ」
芹澤がゆっくりと押しこんでくる指にアキラは恐怖した。
痛みがない。それが怖い。
吐き気を伴う圧迫感と嫌悪感はあったが、痛みは感じられない。それが怖い。
心はこんなにも反発しているのに、体は既に受け止めている事実が、怖い。
根元まで押しこまれた指が今度はゆっくりと退いていく。
ニチャッと音を立てるのは、クリームだろう。
抜かれた指がまた進む。クリームの助けを借りたその動きに淀みはない。

クチュリ


(15)
抜き差しは徐々に早くなってくる。
無視しようとしても、体の奥で燻る存在を無視できない。
不自然な姿勢が苦しい。
息が上がる。
助けて欲しい。
誰か、誰か、誰か、誰か………
そのとき、アキラの脳裏に浮かんだのはヒカルの笑顔だった。
初めてであった頃の、夏のひまわりのような笑顔だった。
そま面影を求めて、アキラは目を見開く。
しかし、そこにヒカルがいるはずもなく。
見慣れない部屋の高い天井が、アキラの瞳を浮かべる。
―――――泣かない!
自分に言い聞かせる。
こんなことで自分は泣かない。
「素晴らしい自制心だ」
視界に芹澤の整った容貌が入ってくる。
上から覗き込む男は、やはり薄い笑みを浮かべている。
「その点に関しては、私は自分の敗北を潔く認めよう。
だけど、まだ終わりじゃない」
芹澤はそう言うと、深々と捻じ込んでいた三本の指をひきぬいた。
「次に始めるのは、塔矢くん、君からだよ」
謎めいた言葉を残し、芹澤はアキラの視界から消えた。



TOPページ先頭 表示数を保持: ■

PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル