遠雷 2


(2)
人間というものは、自身に向けられる悪意に対して、鈍感にできているものらしい。
好意には敏感だし、心のうちにある悪意は無視できないが、向けられる悪意には意識を遮断する傾向がある。
精神が健全であればあるほど、日頃善良に振舞っていればいるほど、その傾向は強い。
そして、囲碁にひたむきな情熱を捧げる塔矢アキラという人間は、間違いなく健全精神を持つ善良な人物だった。
だから、無防備であった彼を迂闊だと責める事はできない。

だが、本人は………。


重い瞼を開けたとき、アキラは自分がどこにいるのか、すぐには理解できなかった。
朦朧とかすむ目を何度となくしばたたかせるうちに、ようやく焦点が結ばれる。
白熱灯の投げかける暖色の光が、まず最初に知覚できたものだった。
(眠っていた…?)
床の間のある和室で夕食を振舞われていたことを、ぼんやりと思い出す。
いつ、自分は眠ってしまったのだろう。
そんなことを考えながら、目を擦るために右手を動かそうとして、アキラは初めて異変に気づいた。
腕が動かない。
両腕が動かない。動かないように縛られている。
驚いて上半身を起こそうとした。そして、本格的に蒼褪める。
両腕を上げた状態で、手首が一まとめに拘束されている。

―――――なぜ!?

「お目覚めですか?」
視界にゆらりと影が差した。
自分を見下ろしているのは、夕食をご一緒にと誘ってくれた男。



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