黒の宴 2
(2)
あの日、ヒカルの部屋でヒカルと唇を重ねた後一気に緊張が解けてアキラは気を失うように深い眠りに堕ちた。
ヒカルが何とか抱き上げてベッドに横たわらせ、ふとんをかけてくれた事にも目を覚まさない程に。
深夜に目を覚ました時、ヒカルの寝顔が間近にあった。頬杖をついてしばらくこちらの寝顔を見守ってくれて
いたかのようなポーズだった。アキラはしばらくぼんやりとヒカルの顔を見つめていた。薄い色の前髪の
何本かが睫毛の上に乗っていた。手を延ばして柔らかそうな頬に触れたかったが出来なかった。
朝、そのまま朝食をごちそうになって、別れた。せっかく用意してもらったため、少量だったが無理矢理
胃に押し込んだ朝食は駅のトイレで全て戻してしまった。体が受け付けなかった。
もしもヒカルに何か少しでも問われたら全て話してしまったかもしれない。全て話し、泣いて
すがったかもしれない。でもヒカルはアキラに何も聞かなかった。聞いてくれなかった。
ヒカルにはそういうところがあった。人が語ろうとしない事には決して踏み込んで来ない。
まるで彼自身自分の心の奥に誰も踏み込ませない大切な場所を抱えているかのように。
でもおそらくそれは自分のものとはだいぶ質の違うものだろう。
その後アキラにヒカルと二人きりで会う機会がなかった。今ヒカルの頭の中にあるのは
北斗杯予選の事だけなのだ。自分も忘れようと思い碁会所でただひたすら碁を打ち続けた。
指導碁であれ棋譜並べであれ。ふと、視線を感じたのはそんな時だった。
「…進藤!?」
なぜ咄嗟にそう感じたのかは分からなかった。だが思わずアキラが顔を上げて周囲を
見回した時に目に入って来たのは見知らぬ一人の少年だった。
体格も髪型もヒカルとはかなり違う。目付きも、ヒカルはあんな射るようには人を見ない。
どちらかと言えば緒方に近い性質のものだ。少し離れた柱の傍に真直ぐに立って、彼は無言で
こちらを見つめていた。ヒカルに思えたのは彼の黒い学生服のせいかもしれなかった。
ただそれだけのせいだとその時アキラは思った。
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