遠雷 21
(21)
「辛いかい?」
響きの美しい声が、アキラの耳元で囁いた。
その声の持ち主が誰であるかは、この際問題ではなかった。
アキラは辛いと叫んだ。だが、声にはならなかった。
だから、何度も何度も頷いて見せた。
辛いから、助けて欲しいと、何度も頷いて見せた。
優しげな低音が、さらに問う。
「痒いの?」
ああ、そうか……と、アキラは心の中で呟いていた。
これは蟻じゃない。蟻が、肌の上を這いずっているんじゃない。
ただ、痒いんだ………。
痒いんだ。
ほんの少しだけ、心が落ち着く。
張りついて離れない無数の蟻を排除するのは難しいが、痒みならどう対処すればいいのかわかる。
掻けばいいんだ。
アキラは、手を動かそうとした。
一番痒い場所に、手を伸ばそうとした。
だが、手が動かない。
ぼろぼろと涙が零れた。それは悲しみから生まれたものだった。
手さえ動けば、この狂おしいほどの掻痒感から逃れられるのに!
アキラは、荒い息をつき、目で探した。
自分に優しい声を聞かせてくれた人物を探した。
端整の容貌が、驚くほど近くにいた。
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