遠雷 21 - 25


(21)
「辛いかい?」
響きの美しい声が、アキラの耳元で囁いた。
その声の持ち主が誰であるかは、この際問題ではなかった。
アキラは辛いと叫んだ。だが、声にはならなかった。
だから、何度も何度も頷いて見せた。
辛いから、助けて欲しいと、何度も頷いて見せた。
優しげな低音が、さらに問う。
「痒いの?」
ああ、そうか……と、アキラは心の中で呟いていた。
これは蟻じゃない。蟻が、肌の上を這いずっているんじゃない。
ただ、痒いんだ………。
痒いんだ。

ほんの少しだけ、心が落ち着く。
張りついて離れない無数の蟻を排除するのは難しいが、痒みならどう対処すればいいのかわかる。
掻けばいいんだ。
アキラは、手を動かそうとした。
一番痒い場所に、手を伸ばそうとした。
だが、手が動かない。
ぼろぼろと涙が零れた。それは悲しみから生まれたものだった。
手さえ動けば、この狂おしいほどの掻痒感から逃れられるのに!
アキラは、荒い息をつき、目で探した。
自分に優しい声を聞かせてくれた人物を探した。
端整の容貌が、驚くほど近くにいた。


(22)
響きのいいバリトンが尋ねる。
「どうして欲しい?」
アキラは答えた。
「痒い………」
声がでた。久しぶりに聞く自分の声に励まされ、アキラはさらに続けた。
「痒い、痒い、痒いんだ。掻いて、どうにかして…助けて!」
「私でもいいのかな?」
「だ、誰でもいいから、早くどうにかして!」
叫ぶように嘆願の言葉を吐きながらも、少しでも痒さから逃れようと、アキラは足を擦り合わせ、腰を盛んに揺らしていた。
「私の好きな方法でいいんだね?」
「いい、いい、いいから、早くっ!」
語尾は悲鳴に飲みこまれる。
痒くて痒くてたまらなかった場所に、灼熱の杭が打ち込まれた。
アキラはそう思った。
体の奥深くに深々と突き刺さる、熱。

あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――………!

それは間違いなく悲鳴だった。
だが、その根底には、甘い響きが潜んでいた。


(23)
挿入と同時に、目の前で噴きあがった精液。
芹澤は、アキラの頬を汚す白濁の汁に、快感を覚えた。
それはあくまで精神的なものだった。
潔癖で気位の高い少年の内部に踏み込んだという、征服感は芹澤の胸に昏い喜びを巻き起こす。
芹澤は笑った。体を揺らして笑った。
その幽かな刺激に、少年が反応する。
「ぁ、ぁ、ぁ、ぁ………」
小さな悲鳴は、甘い喘ぎと大差ない。
逝ったばかりのまだ幼さを留めるペニスは、芯を残したまま小さく震えている。
芹澤は、足元に正座して控える男に命じた。
「犬。綺麗にして差し上げろ」
男は、嬉しそうな表情を隠しもせずに立ちあがると、迷うことなくアキラの頬に舌を這わせた。
ぴちゃりと音を立てて、長い舌が青臭い樹液を舐めとる。
芹澤はそれを満足げに眺めながら、二度三度、大きく腰を動かした。
「あぁっ、あ――、……ん、ふっ………」
ギャグを外された唇から、惜しみなく吐き出されるのは嬌声だ。
芹澤は、胸の辺りに散った白濁に指を伸ばすと、それを塗り広げるようにして、堅く立ちあがった乳首に触れた。
精液で濡れた乳首は、淫靡に劣情を誘う。
芹澤は、二つの突起を同時に摘み上げ、押しつぶしながら、少しだけ腰の動きを早めた。
「ああ、いい……気持ち…いい・・・・・・」
アキラの素直な感想に、芹澤は微苦笑を浮かべながら、一気に腰を引いた。
黒々とした怒張はいまだに天をついている。
アキラは、前触れもなく失われた充足感に、瞼を上げた。
その朦朧とした瞳に向かって、芹澤は話しかける。
「マゴノテかなにかと間違われても、嬉しくはないからね」
いまのアキラに、その言葉の意味を理解するだけの余裕はなかった。
芹澤がくれる熱い刺激で、一時的に納まっていた感覚が、またぞろ息を吹き返す。
「あっ! うぁっ……」
再びやってきたむず痒さは、一時の平穏を知ったため、さらに強烈なものと化していた。


(24)
「手首の戒めを解いてやれ!」
芹澤の命令に男は従順に従った。
カチャカチャという金属音とともに、アキラの両手は開放された。
自由になった手は、股間に伸びる。
アキラの白い指は、赤く充血した後孔を探し当てると、なんの躊躇いもなくもぐりこんだ。
「あ―――――!」
一声大きく叫んだあと、アキラは「痒い、痒いよ・・…」と繰り返しながら、自分の肛門を自分の指で犯していた。
グジュグジュと湿った音が、徐々に速まっていく。
半ば陶然と、全身を赤く染め、呼吸を乱し、前に触れることなく、後孔で自慰をする、少年。
彼の凛とした普段の佇まいを知るだけに、この乱れようはたまらない刺激だった。
芹澤の逸物から、透明な汁が滴り落ちる。
「痒みはおさまったかな、アキラ君?」
芹澤の問いに、アキラは激しくかぶりを振った。
汗に濡れた髪が、一筋二筋、唇に貼りつく。
赤く色づいた唇に黒い絹糸を貼りつけたまま、アキラは叫んだ。
「ダメ、ダメだ…これじゃダメだよ!」
「なにがダメなのかな?」
「と、届かない、…とど…かないっ…んだ。お、奥、奥まで、届かないんだ・・……」
怪しい口調でそう言い募りながら、ぐいぐいと指を捻じ込んでいる姿は、元が美しいだけに無残だった。
「それは困ったね。どうしたら、いいのかな?」
「さっきの…・・さっきので、ここ……ここの奥、…擦って……」
「さっきの?」
「さっきの、熱いの………堅くて、熱い棒で……擦って……」
「塔矢アキラ君、君はもっと賢い子だと思っていたのに、残念だよ。
それに言葉遣いもなっていない。ちゃんとお願いしてごらん」
アキラは焦点の合わない瞳で、芹澤を見上げた。
「オネガイ?」


(25)
芹澤は、アキラの左手を掴むと、自身の怒張に導いた。
「これで、擦って欲しいのだろう」
アキラはこくこくと小さく頷いた。
「じゃあ、言ってごらん。これはね、ペニスというんだよ」
アキラが言葉の意味を正しく理解していたかは、はなはだ怪しい。
だが、本能に支配された彼は、右手で後孔を犯しながら、左手の中にあるものを軽く握り、その熱と堅さを確かめると、ぺろりと舌先で自分の唇を舐めたあとで、懇願を言葉にした。
「この、…ペニスで、僕の。痒いところを……擦ってください」
「どこが痒いのかな?」
「お尻の中……」
その願いはすぐにかなえられた。

芹澤の熱い昂ぶりが、アキラの内部を隅々まで満たしていた。
彼の性器は、太さは並だが、長さがある。根元まで押しこめば、S字結腸まで届く。
そんな逸物が大きく抽送されるたび、アキラの内臓は激しく責められる。
普通なら、初めてでここまでされては、快感を覚えるどころではないだろう。
だが、催淫剤によって感覚を操られているアキラには、すべてが快感として認識された。
芹澤の熱いペニスだけが、アキラをあの気の狂いそうな掻痒感から救ってくれる。
だから、アキラは全身で縋りつく。
本来なら憎んで余りある陵辱者を、ただ一人の救い手と錯覚し、本能だけで縋りつく。
「いい……、いい…よ………、もう、ん、…痒くな…い……
はっ、ぁ…ぁ……、気持ち…いい……」
「もう痒くない?」
救い手の囁きにアキラは可愛らしい仕草で、頷いて見せる。
「じゃ、やめようか? やめたほうがいいね?」
「やだ……」
短い答えは、熱い吐息混じりのものだった。
芹澤は、喉の奥で楽しそうに笑った。
「嬉しいよ、アキラ君、私もまだやめたくはない。
君の奥は、熱く蕩けて、私を締め上げてくる。最高だよ」
アキラは芹澤の言葉に微笑んだ。なにを言われたのかは、わかっていない。でも誉められたことは、ぼんやりと理解できたのだ。
「君に最高の快楽を教えてあげるよ」
芹澤は、楽しげに囁くと、アキラの膝に手を置き、楔を打ち込むように腰を使うのだった。



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