遠雷 29 - 31
(29)
男がちらりと芹沢を伺う。
その姿があさましいと、芹澤は侮蔑の表情を隠さず、ただ頷いてやった。
「犬にはもったいない回春剤だな」
男は、アキラを咥えたまま、アキラの足の間に移動する。
自由を取り戻したアキラの足が、壮年の男のたるんだ背中に左右から回された。
それを眺めながら、芹澤は次の支度にかかる。
肌に揺さしいインド綿のラグを広げたソファに腰を下ろすと、サイドテーブルから持ってきたローションをたっぷりと手のひらに取る。
少し冷たい液体を体温で温め、自分の陰茎に塗りこんでいく。
そうする間にも、アキラは声を張り上げる。
「若いな……」
喉を鳴らして回春剤を嚥下する男の恍惚とした表情を眺めながら、芹澤はそう呟いた。
半ば強引に促される射精は、間違い無く快感ではあったけれど、アキラは飢餓にも似た感覚を覚えていた。
底無し沼にも似た快楽の中に、無視できない違和感があった。
熱い塊が抜き去られたあと、直腸で存在を主張するのは、あの掻痒感。
アキラの背筋に悪寒が走った。
また、あの気が狂いそうなむず痒さを味合わなければならないのかと、恐怖が湧きあがる。
絶望にも似た思いで瞼を上げれば、自分一人ベッドの上にいることに気づいた。
のろのろと手をつき上半身を起こした後で、初めて手首の戒めが無くなっていることを知った。
手首だけではない。足もだ。
もっとも、鉛でも仕込まれたように重く感じられたが……。
そうこうしているうちに、漣が伝播していくようにむず痒さが広がっていく。
その事実にアキラは怯えた。
朦朧とする視界を凝らし、現状を把握しようと努める。
どうやら、少しは薬の効果が薄れているのだろう。
(30)
「ぁ……」
ふるりと下肢が揺れた。
わずかに正気を取り戻したアキラに、むず痒さが襲ってくる。
横座りの姿勢で前かがみになると、膝頭を合わせ、太ももを擦り合わせる。
一瞬、痒みは遠ざかるが、それは本当に一瞬にしか過ぎない。
追いやった波が、ますます勢いを増して雪崩れを打ってくる。
「ああ……」
涙が零れる。あれほど泣くまいと誓ったのに、どうすることもできない。
直接、掻く以外に鎮めることができないのはわかっている。
それが躊躇われるのは、思考力が戻ってきた証だ。
アキラは情けなさに唇を噛んだ。
そのときだった。
「おいで」
もう覚えてしまったバリトンが優しく促す。
アキラは恐る恐る顔を上げた。
ソファに座る芹澤の姿が目に入った。
「君の欲しいものがここにある」
アキラの喉がごくりと鳴った。
「君が求めなさい。私が無理強いするのではなく、君が求めるんだ。
私は惜しみ無く君に与える準備がある」
これほど残酷な選択があったろうか。
「君はなにが欲しい?」
欲しいものの名前は知っていた。
だが言葉にしたくなかった。
そんなアキラの気持ちを見透かすように、芹澤は自分の股間に手を伸ばす。
濡れた陰茎に指を絡め、芹澤の手がゆっくりと上下する。
クチュッという濡れた音が、静かな部屋に響いた。
ドクッと、アキラの心臓が大きく鼓動を打った。
全身の血が、下腹部に集まっていく。
アキラは、震える足を滑らした。
裸足の足裏にフローリングの感触。
コルク材をつかったそれは、冷たくは無かった。
後ろ手でベッドに手を突き立ちあがる。
かくっと膝がが崩れた。もう一度立ちあがる。
10歩も無い距離が、いまは酷く遠く思えた。
「いまは、君のものだ。好きにしていい」
芹澤が自分を見上げている。いつの間にこんなに近づいていたのだろう。
時間と距離の感覚がおかしい。狂っている。
狂っている。
狂った感覚の中、アキラは自分の意思で、芹澤の肩に手を置いた。
(31)
芹澤の目の前にある白い肌は、しっとりと汗を帯びていた。
ギッとソファが軋んだ。
アキラの右膝がソファに乗ったのだ。自然芹澤の肩に重みが加わり、彼の視界は白一色となる。
純白と言うより、滑らかな象牙を思わせる匂うような肌。
その薄紅に色づく二つの突起は、男をそそる艶めいた花の蕾だ。
芹澤は喉の奥で笑いながら、アキラを支えるように両脇に手を添える。そのとき親指は下から捏ね上げるように、二つの乳首を捕らえていた。
「ふぁッ……」
アキラが喉を反らして喘ぐ。汗を含んだ黒髪が重そうに揺れた。
「感じるんだね」
芹澤は聞くまでもないことを口にし、乳首に耐えず刺激を与えた。
アキラの髪が左右に揺れ、パサリと前に落ちた。
「ふふ、悪戯はこれぐらいにしよう」
芹澤はそう言うと、親指で嬲ることをやめた。
アキラは、右膝をソファに乗り上げ、芹澤の肩に両手を置いたまま、ふぅふぅと息を整えている。
断続的に腰を震わせるのは、むず痒さを耐えてのことだろう。
「どうしたのかな? これでおしまいかい?」
アキラは首を振った。
ギッ――――
またソファが軋んだ。
アキラは膝立ちの姿勢で、芹澤の太ももを跨いでいる。
「いやらしいね。君のペニスから、ぽたぽた垂れている」
芹澤の指が、アキラの先端で球を結んでいた雫を掬い取る。
「拭っても拭っても、溢れてくる。慎みというものを知らないのかな」
芹澤の言葉嬲りに、アキラの羞恥が募る。
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