黒の宴 3


(3)
アキラがそちらを向いたのに吊られるように指導碁を受けていた二人の客もその学生服の少年を見たため、
その少年は一瞬きょとんとして、ぺこりと小さく頭を下げるとそそくさと別の対局をしている
人たちのテーブルを覗き込んだ。
「清春!きちんと挨拶したのか!?若先生、失礼した。」
今しがた入って来た碁会所の常連客の一人がアキラの傍に立ち少年を手招きした。
「若先生、こいつはわしの甥っ子で昨日上京してきたんですよ。師匠の吉川八段と一緒に。吉川先生は夕べのうちに
大阪に戻られたんだが、こいつは東京見物したいと言ってうちに泊まってね。実はこいつ、塔矢元名人のファンでね。
吉川先生には内緒だが…。」
そう捲し立てて常連客の男は近寄って来た自分より頭一つ背の高い少年の頭の後ろに手をやって頭を下げさせた。
慌ててアキラも立ち上がった。
「それは…残念でしたね、父は今中国の方に行っていて。」
「それはこいつに言ったんですがね、塔矢アキラ三段にもぜひ会いたいみたいな事を言うんで、連れて来たんです。
突然で申し訳ない。こいつ、今度の北斗杯の予選に出るんですよ。」
それを聞いて、アキラはハッとなった。
「それでは、関西棋院の…」
「…社清春です。」
そこで初めてボソリと少年が口を開き、再度頭をぺこりと下げた。北斗杯の予選に出ると言う事は
ヒカルと出場枠を争う相手である。
「そうですか。ボクは予選には出ませんが、がんばってください。」
アキラが手を差し出すと社は少し戸惑い、手のひらをゴシゴシズボンに擦り付けると軽く握手を交わして来た。
「今、お時間はありますか?」
思わずアキラはそう訪ねていた。自分のチームメイトの候補としてなのかヒカルの対戦相手としてなのか
分からなかったが社に興味が引かれたのだ。社は無愛想ながらも首を大きくコクリと頷かせた。



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