遠雷 30
(30)
「ぁ……」
ふるりと下肢が揺れた。
わずかに正気を取り戻したアキラに、むず痒さが襲ってくる。
横座りの姿勢で前かがみになると、膝頭を合わせ、太ももを擦り合わせる。
一瞬、痒みは遠ざかるが、それは本当に一瞬にしか過ぎない。
追いやった波が、ますます勢いを増して雪崩れを打ってくる。
「ああ……」
涙が零れる。あれほど泣くまいと誓ったのに、どうすることもできない。
直接、掻く以外に鎮めることができないのはわかっている。
それが躊躇われるのは、思考力が戻ってきた証だ。
アキラは情けなさに唇を噛んだ。
そのときだった。
「おいで」
もう覚えてしまったバリトンが優しく促す。
アキラは恐る恐る顔を上げた。
ソファに座る芹澤の姿が目に入った。
「君の欲しいものがここにある」
アキラの喉がごくりと鳴った。
「君が求めなさい。私が無理強いするのではなく、君が求めるんだ。
私は惜しみ無く君に与える準備がある」
これほど残酷な選択があったろうか。
「君はなにが欲しい?」
欲しいものの名前は知っていた。
だが言葉にしたくなかった。
そんなアキラの気持ちを見透かすように、芹澤は自分の股間に手を伸ばす。
濡れた陰茎に指を絡め、芹澤の手がゆっくりと上下する。
クチュッという濡れた音が、静かな部屋に響いた。
ドクッと、アキラの心臓が大きく鼓動を打った。
全身の血が、下腹部に集まっていく。
アキラは、震える足を滑らした。
裸足の足裏にフローリングの感触。
コルク材をつかったそれは、冷たくは無かった。
後ろ手でベッドに手を突き立ちあがる。
かくっと膝がが崩れた。もう一度立ちあがる。
10歩も無い距離が、いまは酷く遠く思えた。
「いまは、君のものだ。好きにしていい」
芹澤が自分を見上げている。いつの間にこんなに近づいていたのだろう。
時間と距離の感覚がおかしい。狂っている。
狂っている。
狂った感覚の中、アキラは自分の意思で、芹澤の肩に手を置いた。
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