遠雷 32 - 34


(32)
逃げ出せるものなら逃げ出したい。
そんな意識が一瞬浮かぶ。だが、それが無理だということも、アキラは身をもって知っていた。
いまもし、ここに一人でいるのなら、アキラはとうに自分の後孔に指を捻じ込み、掻き回していたことだろう。
それでも届かないことは知っている。
棒切れでもなんでもいい、指より長いものがあるならば、躊躇いなく挿入しこの痒みをどうにかするだろう。
人間としての恥じらいが戻りつつあるいま、これは間違いなく拷問だった。
「塔矢君、ここでやめても私は一向に構わないのだよ」
芹澤は苦しそうに息をつくアキラの表情を堪能しながら、脇を支えていた右手をしたにおろし、ぴしゃりと小さな尻を叩いた。
「ああ!」
痛みに挙げる声ではない。
アキラは膝を交互に動かし、目的の場所に近づいていく。
芹澤もそれに迎合し、腰をずらした。頃合のところでアキラの体を後ろに倒すようにして、膝に座らせる。
「膝立ちでは無理だよ。ちゃんと私の体を跨ぎなさい。
そうそれで立ち上がるんだ。中腰の姿勢で。そう、そうだ。いいぞ」
言葉をかけることで、いま自分がどんな姿勢を取っているか、考える隙を与えない。
「君は初めてだからね。少しだけ手伝ってあげよう」
そう言いながら、芹澤はアキラの細い腰を左右から掴む。
「そうだ。そのまま腰を下ろしてごらん」
言われたまま、ゆっくりと沈めていく。
弾力のある熱い感触が、過ぎた刺激で腫れ上がってしまった入り口に触れた。
火傷しそうな熱に、瞬間、アキラの腰が逃げる。
が、芹澤の手がそれを許すはずがない。
「やめるのかな?」
アキラは歯を食い縛ると、もう一度腰を下ろした。
再び感じる熱に、全身に戦慄が走った。しかし、ここでやめるわけにはいかなかった。
さらに腰を落とす。が、芹澤の陰茎はぬるりと逃げてしまった。
「あぁ――!」
癇癪を起こした子供のように、アキラが鋭く叫ぶ。


(33)
「そんな声を出されてもね。一応人間の体の一部なんだから、それなりにいたわって欲しいね」
アキラはぶるぶると全身を震わせながら、芹沢の昂ぶりを掴んだ。
しっかりと固定し、みたび腰を下ろす。
ぬぷっという音を体の中で聞く。
肉がこじ開けられる感覚に、ぞくりと嫌悪が肌を這う。
「はぁ、ぁ、ぁ、ぁ…………」
自ら体を開く恐怖に、アキラの喉は振り絞るような悲鳴をあげた。
一番太い亀頭がずるりと飲みこまれる。
一度、そこで動きを止め、限界まで開かれる感覚をやり過ごす。
「よくできました。塔矢君」
芹澤の言葉は、いまのアキラの耳に、言葉として届かなかった。
「また少し手伝ってあげようね」
言葉が終わるやいなや、芹澤は下からきつく突き上げた。
「ヤっ―――――!!」
否も応もない。
ズンと体の奥に響く衝撃に、辛うじて体重を支えていた下肢が頽れる。
自重でいままでにない深みにまで、芹沢の陰茎は達していた。
アキラの全身を電流が走り抜ける。
そのとき脳裏に閃いたのは、鋭いピンで刺し止められる、蝶の標本だった。


(34)
「う、う…う………」
芹澤の長尺を最奥まで受け入れて、アキラはしばらくの間身じろぎひとつできなかった。
苦しい呻きだけが、食い縛った歯の間から漏れてくる。
生々しかった。
自分の内部で、どくどくと脈を打つ芹澤の熱に、アキラは身震いした。
水から受け入れたという事実が、アキラを苛む。
だが、これが終わりではなかった。
挿入の刺激で遠のいていた感覚が戻ってくる。
芹澤の淫茎を飲みこみ、一杯に広げられた腸壁に、あの忌まわしいむず痒さがじわりじわりとよみがえってくる。
「う……、あっ…くぅ………」
アキラは芹澤の肩に手を置いたまま、狂ったように頭を振った。
どうすれば、この虫の這うような感覚から逃れられるのか、わかっていた。
だが、それをすることに抵抗があった。
どうして自分から進んで、……そんなことを………。
だが、痒みは徐々に募っていく。芹澤の肉塊が発する熱が、煽っているかのようだ。
アキラの頭がかくんと後ろに落ちた。
意識を失ったのかと、芹澤はあくまで冷静に、今宵の獲物を検分する。
腰と背中をそれぞれ支えていた手で、左右から頬に触れ、顔を起こす。
半眼の瞳に力はなかった。焦点が合っていない。
気をやったのかと、下に目をやったが、萎えかけてはいたが逐情の痕跡はなかった。
舌先で、ぺろりとアキラの唇を舐めてやる。
ぴくりと首の筋が動いた。意識はあるのだ。
盛んに頭を振りたてた為、脳貧血に近い状態なのだろうと、芹澤は見当をつけた。



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