遠雷 41 - 43
(41)
アキラに少し遅れて、芹澤もまたアキラの中に熱い白濁を叩きつける。
それでも、獣と化した二人はすぐに動きを止められない。
尿道に残った最後の雫も吐き出そうと、体を揺すり続ける。
そうこうするうちに、ぬぷりと音を立て、力を失った芹澤の淫茎が抜け落ちた。
肉栓をなくしたそこから、どろりと溢れ出す欲望の残滓。
芹澤が口を開いた。
「おい」という短い号令で、従順な"犬"が這いつくばるようにして近づいてくる。
「……」
アキラが何事か囁いた。が、それは荒い呼吸にかすかな音が乗ったものでしかなかった。
「なにかな?」
「あの人にも……犯されるの?」
「まさか」芹澤は即座に否定する。
「もっとも君が犬に犯されたいというのなら、とめはしないが?」
アキラはけぶるような睫の下で、男をじっと見つめていた。
芹澤の足元で、男は動きを止め、次の命令を待っている。
「塔矢君、君を私だけの"犬"として躾てみたいとは思うよ。だが、過ぎた願望は身を滅ぼす元だと私は知っている。調教しだいでは、獅子の仔に"犬"の真似事も強要できるだろう。でも獅子は獅子。私は滑稽な調教師にはなりたくないんだよ。愚かな調教師にもね」
それが芹澤の美学だった。
なるほど、生い育った獅子が、犬のように芸をするのは可愛いだろう。
そこまで飼いならした調教師に、観客は惜しみない賞賛の拍手を贈るだろう。
だが、調教された獅子は既に獅子ではない。図体のでかい犬でしかない。
優れた獅子を矮小な存在に貶めることが、芹澤の好むものではないのだ。
芹澤は、アキラの耳に下をさしこみ。ひとしきり舐めしゃぶった後で、そっと毒を注ぎこんだ。
「彼は、いまから君のもの……」
芹澤の言葉は最後まで聞き取れなかった。
明り取りの窓から閃光が落ちたかと思うと、秘め事の為だけに存在する密室は、突然の闇に沈んだ。
何が起きたのか、説明するかのように雷鳴が、防音を施された半地下のこの部屋にまで聞こえてきた。
それはかすかな音と、びりびりと震撼する空気だった。
静寂ゆえに認識できた音ではあったが、心理的には耳をつんざくほどの大音量だった。
(42)
三人三様、闇の中目をしばたたかせる。
言葉はなかった。誰一人として、口を開こうとはしなかった。
耳が痛くなるほどの静けさの中、普段の生活では聞き逃して当たり前のチチッという電気の音が煩く感じられると、やがて白熱灯が再び三人の秘め事を見下ろしていた。
まだ電量が足りないのだろうか、それは幾分弱々しい光だった。
くっきりとした陰影が、すべての輪郭をかえって曖昧にぼかしている。
そのなかで、アキラは乾いてしまった上唇を舌先でゆっくり湿らすと、静かに命じた。
「きれいにして欲しい」
男も芹澤も、すぐには理解できなかった。
彼らの戸惑いを知ってか、アキラが足を動かす。
自らの意思で、左右に大きく割り広げられた下肢。
アキラの"犬"は、その中心に顔を埋めた。
芹澤は、その一部始終を、アキラの背後から眺めていた。
喉の奥で、くぐもった笑い声を上げながら。
―――――狂乱の夜の、それは最後の儀式だった。
(43)
芹澤のプライベートの携帯に、思いがけない人物からコールがあったのは、12月初旬のことだった。
「君から電話をもらえるとは思っていなかったよ」
芹澤は、隠しきれない喜びが言葉の端々に滲んでいるのではないかと、柄にもなく不安に思いながら、穏やかなバリトンでそう言った。
だが、電話をかけてきた相手は、挨拶一つなくいきなり本題に入った。
「欲しいものがあります」
「欲しいもの?」
「14日はボクの誕生日なんです」
「プレゼントが欲しいのかな? でも、代償のない贈り物に価値はないよ」
芹澤の血が怪しく騒ぐ。
あの夜は、雷鳴のなか掻き消えた幻だったはずだ。
芹澤は、二度目を求めなかった。
欲しくないと言えば嘘になる。だが、下手に嵌れば逃げ出せる自信がない。
だから、強要する事はなかった。
あれから半年が過ぎていた。
「ボクで代償になるのなら」
抑揚のない声ではあった。しかし、揺るぎのない力が感じられる。
「何が欲しいのかな?」
芹澤は耳を疑った。
あまりの驚愕に、心臓は一瞬、鼓動を打つことを忘れていた。
息苦しさに、ネクタイを緩めながら、芹澤はもう一度確認した。
繰り返される言葉は、やはり自分も良く知った名前だった。
「わかった、手配しよう。12月14日だね」
芹澤がそう言うと、満足そうな吐息と「お願いいたします」と言うどこか固い返事を最後に、携帯は切れた。
芹澤は考える。
塔矢アキラの誕生日に、どうやって進藤ヒカルを篭絡するか。
それは、芹澤にとって、楽しいゲームの始まりだった。
ゆっくりと瞼を閉じると、塔矢アキラの秀麗な横顔と、進藤ヒカルの澄んだ瞳が脳裏に浮かぶ。
そのとき、芹澤の耳には季節はずれの遠雷が、確かに轟いていた。
〜 終 〜
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