遠雷 43
(43)
芹澤のプライベートの携帯に、思いがけない人物からコールがあったのは、12月初旬のことだった。
「君から電話をもらえるとは思っていなかったよ」
芹澤は、隠しきれない喜びが言葉の端々に滲んでいるのではないかと、柄にもなく不安に思いながら、穏やかなバリトンでそう言った。
だが、電話をかけてきた相手は、挨拶一つなくいきなり本題に入った。
「欲しいものがあります」
「欲しいもの?」
「14日はボクの誕生日なんです」
「プレゼントが欲しいのかな? でも、代償のない贈り物に価値はないよ」
芹澤の血が怪しく騒ぐ。
あの夜は、雷鳴のなか掻き消えた幻だったはずだ。
芹澤は、二度目を求めなかった。
欲しくないと言えば嘘になる。だが、下手に嵌れば逃げ出せる自信がない。
だから、強要する事はなかった。
あれから半年が過ぎていた。
「ボクで代償になるのなら」
抑揚のない声ではあった。しかし、揺るぎのない力が感じられる。
「何が欲しいのかな?」
芹澤は耳を疑った。
あまりの驚愕に、心臓は一瞬、鼓動を打つことを忘れていた。
息苦しさに、ネクタイを緩めながら、芹澤はもう一度確認した。
繰り返される言葉は、やはり自分も良く知った名前だった。
「わかった、手配しよう。12月14日だね」
芹澤がそう言うと、満足そうな吐息と「お願いいたします」と言うどこか固い返事を最後に、携帯は切れた。
芹澤は考える。
塔矢アキラの誕生日に、どうやって進藤ヒカルを篭絡するか。
それは、芹澤にとって、楽しいゲームの始まりだった。
ゆっくりと瞼を閉じると、塔矢アキラの秀麗な横顔と、進藤ヒカルの澄んだ瞳が脳裏に浮かぶ。
そのとき、芹澤の耳には季節はずれの遠雷が、確かに轟いていた。
〜 終 〜
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