黒の宴 6
(6)
「おい、清春…!若先生だって都合があるかもしれんのだぞ!」
社の行動に焦ったように再度連れの客が声をかけた。社はチラリとアキラを見つめた。
アキラはそんな社を安心させるように少し笑んで首を横に振った。
するともう、社の意識からは盤面と塔矢アキラしか存在しなくなったようであった。
この後の都合があったのは連れの客の方だったようで、ため息をつくと「清春は一度ああなってしまうと…」
と何やらブツブツ言いながら碁会所を出て行ってしまった。
その客の後ろ姿を見送ってさすがにアキラが心配そうに社を見ると、社は盤面を見たまま
「子供やないんやから、見送りはええゆうたのに勝手について来たンや。ここも一人で来るつもりやった。」
と独り言のように呟き指先で黒石を挟むと右下の白石にぴたりとツケて来た。
アキラは黒の連絡を警戒し白石を逃がすべく打った。
「まさか、…ホンマにこうして塔矢アキラと打てるとは思おてへんかったけどな。」
再び白石を追い詰めるように打ち込み、社はアキラの目を真直ぐ見つめて来る。
「あんたはオレを知らへんやっただろうけど…オレはずっと…。」
ふいに社の手が伸びて来て髪に触れられて来るような、そんな錯角が起こるような熱い視線だった。
「…思ったよりは、よく喋る方のようですね。」
それをかわすようにアキラは反対側の黒の地に深く切れ込む。社が小さく唸り、思わず守りに回った
一手を打つ。が立続けにアキラに攻め込まれ後手に回って左側の地を幾らか減らすはめになった。
「危ない危ない。」
撫でようと思ったネコに引っ掻かれて反射的に退いてしまった自分に社は舌打ちする。
アキラは一気に左の黒を墜とすつもりだった。だが社に最小限の犠牲に押さえられた。
敬意を表すつもりでアキラはニコリと笑って社を見返した。
社も笑い返すが瞳の奥では鋭く獲物を狙う光を持っていた。
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