黒の宴 7
(7)
油断はまだ出来なかった。中央の黒石はまだ包囲されないまま盤上の白石を睨んでいる。
その時アキラの体がゾクリと小さく震え、思わずアキラは強く首を横に振った。
体の奥にゆらりと小さく炎が揺れたような気がしたのだ。そんなはずはない。
相手はヒカルではないのだから。思いがけず面白みのある対局に気持ちが高まっているだけだろう。
天元に置かれた黒石が第三の社の目のようにアキラを見据えて来る。それだけでなく、的確に打たれた
要所要所の黒石全てがアキラを見つめている。
白石の僅かな変化も反撃の気配も見逃すまいとするように。
塔矢アキラの碁を、棋譜を何度も見つめ並べて来た者と打つ事がどういう事か、アキラは実感せざるを
えなかった。まるで衣服を通して何もかも見つめられているような感覚だった。過去の自分の好手も、悪手も。
ヒカルとの対局の時がそうだった。互いに相手を求め合い二人の魂が重ね合うようにして対局が進んでいく。
…社も、そういう相手なのだろうか。
先刻にもそう感じた、自分の中の価値観を動かす相手。理屈ではなく体が反応している。
…ヒカルに対してそういう感情を持ったように、彼に対しても自分を与え、彼を得たいと、
そう思うようになるのだろうか。
もう一度強く首を横に振る。
…何を考えているんだ、ボクは…。
頭で否定をしてもドクンと、脈打つ部分がある。
地の奪い合いに突入したまま終局までもつれ込むのは必至だった。
表面上では極めて冷静さを装いつつも微かに頬を紅潮させ、ほんの僅かに呼吸を乱すアキラの口元を
社は興味深気に見つめていた。
その視線にさらにアキラの体の奥が熱く高められていくようだった。
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