遠雷 8
(8)
「困ったな」
芹沢が眉をひそめて呟いた。
「今日は、乳首で感じるように調教するつもりだったんだが……、
こんなに感度がいいなんて、嬉しい誤算だったな。おい」
芹沢の鋭い声に、夢中になってアキラの乳首をしゃぶっていた男が慌てて顔を上げる。
「支度をしろ」
「え?」
「なにを呆けているんだ。塔矢先生のご期待にお答えしなくては、お招きした甲斐がないんじゃないか?」
「あ、はい」
男は濡れた口元を手の甲で拭いながら、壁に造り付けの棚へと向かう。
「そうだな……、今日はとにかく塔矢先生に楽しんでいただこう」
いまにも舌なめずりしかねない口元を引き締め、芹沢は笑った。
「いかがです。気持ち、いいでしょう?」
アキラに話し掛けながら、芹沢の手が動きを変える。
指先で嬲っていたものを、手のひらで握りこむとゆっくりと上下に扱く。
「私の手で感じていただけるなんて、望外の喜びとでも……。
ああ、色は……まだ綺麗な、ピンクですね。でも形はいい。ちゃんと剥けているし」
芹沢は、腰をかがめると、アキラの耳元で囁く。
彼の低い声が告げる寸評に、アキラの体が羞恥に染まる。
「ああ、君の反応の一つ一つがどれほどそそるか、君にはわからないなんてね」
芹沢の声が、アキラの脳髄を侵食していく。
忌むべき行為の中にあって、なぜこの感覚を無視できないのかと、アキラは激しく己を責めた。
「そんなに辛そうな顔をしない。見ている私まで辛くなってしまうでしょう」
勝手な事を口にする間も、芹沢の手は緩急取り混ぜて、アキラを追い上げていく。
―――あぁ、あ・……あ……ぁ……
いまこの場面で、言葉を奪われていることはアキラにとって幸運であったかもしれない。
「芹沢様、お持ちいたしました」
男の声が聞こえたが、もう既にアキラにとってそれは意味を為さない音でしかなかった。
芹沢は、男が差し出すものに目をやると、唇の端を引き上げて笑った。
それは酷薄な表情であった。
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