黒の宴 8
(8)
自分は病んでいる、どこかおかしい、とアキラは思った。
あの出来事のせいだけではない。あの出来事は、自分の本性に気付くきっかけになったに過ぎなかった。
いかに自分がヒカルとの肉体的な結びつきを望んでいるか思い知らされた。
そのヒカルの幻影を社に求めようとしている。このままこの対局を続けるのはアキラにとって拷問に近かった。
一刻も早くこの場を離れて冷たい外気に触れて卑しい劣情を収めたかった。
だが、まだ勝敗の行方が見えないうちにこちらが投了する事はチケットを無駄にした社に申し訳が立たない。
何より棋士としてのプライドが許さない。
押さえようとすればする程高まる脈と荒くなる呼吸を唇を噛み締めることで封じてアキラは打ち続ける。
社は何か考え込むようにそんなアキラの様子を観察していたが、突然それまでの流れを変化させて
勝負手を仕掛けて来た。天元の石を効かせようとしているのは明らかだった。
ギャラリー達も社の度胸に感心しつつアキラの反撃を見守る。
だがアキラは社のタイミングに心の中で首を傾げていた。まだ、早い、という印象だった。
手順さえ追えば白に左右の上隅を奪わせるチャンスを与えようとするようなものだ。
いくら中央を征服する事が出来ても。
「…?」
社の意図が読めないままアキラはイメージにならった場所へ石を置く。
「若先生はさすがだ。落ち着いてる。」
「だが関西棋院の兄ちゃんもたいしたもんだ。初手天元で若先生とここまで渡り合うとは。」
周りで両雄に対する賞賛の声が漏れる。だがアキラが感じたものは屈辱感に近かった。
勝ちを、譲られたのだ。多分。こちらの変調を勘の鋭いこの相手に悟られてしまったのだろう。
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