遠雷 9


(9)
「たいしたものだな。涙一つこぼさないとは」
ぐったりとしたアキラを見下ろしながら、芹澤は額に張り付いた髪を後ろに撫で付けてやる。
「だが、その高すぎる矜持はこの場では尊敬されるどころか、かえって踏みにじってやりたくなる類のものなんだよ。塔矢くん」
静かに語る芹澤の声に、どこか楽しげな響きが混じっている。
「この駄犬は、はじめての洗浄のとき、涙と鼻水で顔中を濡らして懇願したよ。助けてくださいとね。
笑えるだろう? 塔矢くん。そんな犬畜生が、昼間は偉そうにふんぞり返り人間様を顎でこき使っているんだ。
それを思うとあまりに滑稽でね、笑いを堪えるのが苦しくなる」
「芹澤さま、これでよろしいでしょうか?」
芹澤が話している間に、準備は整ったようだ。
バスルームに移動する際、一度は外された手錠がまたベッドヘッドの柵に通されている。
アキラは、両腕を上に上げたまま一括りにされ拘束されている。
「ああ、上手に出来たな」
芹澤は、犬と呼ぶ男に向かって微笑みかける。
会社では専務取締りという肩書きを持つ男が、子供のように瞳を輝かせ喜色を浮かべる。
「アキラ君、素敵だよ。君が普段隠している全てが見える」
リング状になったなめし革のロープが、アキラの首と両足にかけられている。
たった一本のロープが、アキラにM字開脚を強いている。
「ふふ」と笑いながら芹澤は、延ばすことの出来ないアキラの両膝に手を置いた。
その手が大きく左右に動いた。
「股関節は柔らかいようだな」
ひどく事務的な声。
「ここも頑ななようだな。二度の浣腸ではほぐれないか」



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