storm 16 - 20


(16)
既に紅く熟した乳首を摘むとアキラの口から甘い喘ぎ声が漏れる。
舌先で転がし、軽く歯を立てると高い声をあげてアキラが背を反らせる。
夢中になって乳首を吸いたてていると、指先が首筋を掠めるのを感じた。アキラの指はそのまま
耳元を弄り、髪に手を差し入れて乱す。
与えられる快楽をただ享受するだけかに見えた身体が、ゆっくりと攻撃を開始する。
背骨の一つ一つを数えるように降りて行った手が、わき腹をくすぐるように掠めながら更に降下し、
指が臀部から後孔を探り始めたのに気付いて、加賀はぎくりとした。
強張る身体には構わず、アキラの指は周辺をゆっくりと弄り、そして入り口を軽く突いた。反射的に
逃げようとする加賀の身体を背に回されていたアキラの腕が思いがけない強さで引き寄せ、次いで、
ぐっと指が挿入された。
「ふふ…」
耳元で含み笑いが聞こえてぞっとした。
「どうしたの?後ろを弄られるのは初めて?」
そう言いながら、アキラは加賀の首筋に唇を寄せて舌先で軽くくすぐり、耳たぶを甘噛みする。
同時に指は内壁を探る。その感触にぞくりとする。
「さすがにこっちは初めてなんだ?」
内部を探られる未知の感触に、加賀は声を殺して耐えた。
だが弄るように蠢く指に、噛み締めた唇から息が漏れる。
「まさかこれだけでもう降参だなんて言わないよね?」
煽るように耳元で囁かれるてゾクリと背が震えた。


(17)
前立腺を巧みに刺激されて加賀がいきり立つ。硬く勃ち上がり、粘液を零している加賀のものが、
アキラのそれと触れ合って、濡れた音を立てる。その音と感触が更に加賀を煽る。
達しそうになったその時、唐突に指が引き抜かれ、いつの間にか添えられていたアキラの手が
ぐっと加賀を握り締めてとどめた。
咎めるように見下ろすと、加賀の視線を受けて、アキラは薄く笑った。
そして、示唆するように視線を動かしながら、ゆっくりと脚を開く。
誘われるままに加賀はアキラに自身を突き入れると、急激に挿入されてアキラの背が大きく仰け
反った。床から浮く格好になったアキラの腰を抱えるようにしながら、加賀は動きだした。
全身を揺さぶられながら、加賀の律動に合わせるようにアキラが嬌声を上げる。その声が益々
加賀を煽り、その動きが更に激しくなる。抑えようともせずに快楽を貪るアキラの声と、加賀の荒い
息音と、腰を打ちつける音が室内に響いた。


(18)
これは独占欲の一種なんだろうか?
彼に触れた指先を、唇を、彼を抱いた腕を、自分のものにしたかった。
この唇に彼も触れたのだろうと思うと、同じように触れてみたくて、その衝動をこらえきれなかった。
この指がこの唇が彼に触れ、この腕が彼を抱き、この熱い塊でもって彼に侵入したのだと思うと、
それだけで身体は燃え上がった。それが欲しくて欲しくてたまらなかった。
彼の身体に触れた指が、彼に触れて、きっと彼も触れた唇が、今、自分の身体に触れているのだと
思うと、眩暈のような、悲鳴のような、倒錯したような喜びを感じた。
彼が感じたであろう身体を、彼と同じように、いや、彼以上に感じたいという思いと、彼を奪ったこの
身体を更に奪い返してやりたいという思いが入り乱れ、目の前の肉体を強引に強請り、貪欲に貪っ
た。僅かに残されたなけなしの理性をも追い落としてしまおうと、自分自身を、そして目の前の見知
らぬ男を煽り、同時に煽られる。
風に軋み激しく打ち付ける雨音が現実感を奪い取り、どこか知らない場所にいるような錯覚を呼ぶ。
嵐の中の難破船のように、快楽の荒波を感じながら、けれど決してその波に身を任せはせずに、抗
い続け、求め続ける。もっと高く、もっと激しい波を。
風も、雨も、強ければ強いほどいい。嵐は激しければ激しいほどいい。
理性なんて要らない。この身に受ける嵐を感じ取る感覚だけがあれば、いい。

嵐は全身を、身体ごと意識ごと揺さぶり、一際荒い波に捕らえられ、攫われそうになる。何かに縋ろう
と腕を伸ばして目の前の物体にしがみつき、自分をこの世に繋ぎ止めるたった一人の人を呼ぶ。
半ば悲鳴のように切れ切れにその名を呼びながら、アキラは、ついに抗いきれずに意識を手放した。


(19)
加賀は果てたアキラの身体を半ば抱きかかえるようにして、その身体の上に身を重ねた。
重ね合わせた胸の下で、荒い息遣いと、激しい鼓動が、次第におさまっていくのを感じて、加賀は軽
く身を起こし、アキラの顔を眺めた。
彼は目を伏せ、唇を軽く開いて息をついている。
記憶の中ではいつも真っ直ぐ引き締められていた唇は濡れて僅かに開き、甘い息遣いが耳に届く。
厳しく光る黒い瞳は今は瞼に隠され、白い顔を縁取るように真っ直ぐ流れる黒い髪は汗で濡れて額
に、頬に張り付いている。この美しい顔がこんなにも間近にあるのが信じられないと思った。
目を閉じたアキラの無防備な顔は、加賀の幼い頃の遠い記憶を呼び覚ます。
「負けようか?」と同情された。無邪気に、そして残酷に自分のプライドを打ち砕いたあどけない顔。
その顔に、進藤を見ていた憧れに満ちた眼差しが重なる。「美しい碁だった」と。
そして、ついほんの少し前には、素直に傷付いた腕を差し出し、何の疑いもなく自分を見つめていた
黒い瞳。「ご存知なんですか?」だって?ああ、知ってるよ。よく知ってる。ちょっとでも囲碁をやる奴
だったら「塔矢アキラ」を知らない奴の方が珍しいだろう。ましてやオレの可愛い後輩が鎬を削るライ
バルとあってはな。ただの「ライバル」だけじゃないらしいが?
だがその瞳の色を変えたのは、変えてしまったのは、自分だ。不意のくちづけに当惑した目。闇の中
で光る瞳。そして、燃えるような怒りを込めて、殺さんばかりに睨みつけていた眼差し。そして更に妖
しく誘い込む深い欲望の色。
様々な色の中で、けれど、目をそらさずに真っ直ぐ対象を見つめる視線は、それだけはいつも変わら
ない。その眼差しこそが塔矢アキラなのだと、加賀は思った。
自分の腕の中で、微かに眉を寄せ目を閉じている白い顔は、今日、最初に見た塔矢アキラ―物理的
に身体を叩いた衝撃に意識を失っていた―と、同じようにも見え、けれど全く違っても見えた。


(20)
唇を重ねようと顔を近づけていった気配を感じてか、アキラが目を開けて加賀を見たので、それ以上
近づく事が出来ずに、加賀はただ、アキラを見返した。
しばしそうしていた後に、アキラはふっと小さな息をついて、それからするりと加賀の腕の下からすり
抜けた。そしてすっと立ち上がると、そのまま加賀の視界から消えた。
彼の行動を、思いを、探る事も追う事も出来ずに、ただそこに取り残された加賀の耳に水音が響く。
ああ、シャワーを浴びているのか、と思い、それからすぐに、停電しているなら湯は出ないはずなの
に、と思い至る。だが塔矢アキラなら、水など苦にもしないのかもしれない。そんな風に思ってしまっ
た自分を、加賀は哂った。
水音が止むのを見計らって、加賀はバスタオルを手に洗面所へ向かい、アキラにそれを差し出す。
そのタイミングのよさにか、彼は小さく目を見開き、それから「ありがとう」と言って受け取った。
それが何だかあんまりにも自然な事だったので、加賀は小さく笑いをこぼしてしまった。それに気付
いてアキラが小さく笑い返した。
渡されたバスタオルで身体を拭きながら洗面所から出てきたアキラが、加賀に言った。
「悪いが服を借りて行ってもいいか。さっきので構わないから。とても着て帰れるようなものじゃない。」
そう言いながら、先に脱ぎ捨てたスーツを指差した。放置されたままのそれは濡れたままだったし、
確か袖は破けてしまっていた筈だ。
「ああ…構わないぜ。」
「ありがとう。」
そういうと彼は髪を拭きながら、加賀の横を通り抜けてすたすたと部屋へ歩いていった。
その呆気ない態度に軽く戸惑いを感じながら加賀は彼の後を追った。



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