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青年は、葉月に細い手首を掴まれ、まるで引っ張られるように街を歩いていた。
朝の街には会社に向かう人、あるいは学校へ登校する人、たくさんの人達が行き交っている。
その人達は、『活発な少女に腕を引っ張られながら歩く女の子』を、ある人は微笑ましく、またある人は『好奇』な視線で見つめていた。
好奇の目で見られているのは、もちろん青年・・・・・『玲奈』だ。
青年の手を引いて歩く葉月が、コンビニの前に差し掛かり、何気なく視線をガラスに向けた。
青年の手を握る葉月の手に力が入った。
葉月はコンビニの前を通ると、そのまま青年を路地に引っ張りこんだ。
葉月が青年を振り返った。

「玲奈?!」

その表情を見た青年は、思わず一歩後ずさった。

「な・・・・・なんだよ?」

青年が言うと、葉月はまるで被せるように、

「その格好は、なんなの?」

葉月が指を指した先には、コンビニのガラス窓がある。
そこには、女子高校生の制服を着ているはずなのに、背筋を丸めた『がに股』の女の子がいた。

青年の視線の先には、硝子に映った女の子がこちらを見つめている。
戸惑いと恥ずかしさを感じさせる視線、そのためだろうか・・・・・背中が丸まり猫背になってしまっている。
何よりも、鏡に映っている女の子の魅力を損ねているのは、スカートから伸びる白い足が『がに股』になっていることだ。

「どうして、そんな格好をしているのよ?!」

葉月がきつい口調で言うと。

「だってさ・・・・・」

男なんだから仕方がないだろう?・・・・・そう言い返したかった青年だったが、なぜか言葉が出なかった。
葉月は両手で、青年の小さくなった肩を掴んでガラス窓に向き直らせた。
ガラス窓には、『二人の女子高校生』が映っている。
葉月は青年の後ろに立ち、耳元で囁いた。

「玲奈は可愛い女の子なんだから・・・・・がに股で歩くなんて変だよ♪」

彼女が囁くたびに、青年は彼女の吐息を感じた。
そして・・・・・。

「・・・・・?!」

青年の背筋を甘美な感覚が駆け上がる。
思わず声を漏らしそうになるのを、唇を噛んで必死に堪えた。
顔をあげてガラス窓に向き直った青年は、不思議な感覚を感じていた。

ガラスに映っているのは、ついさっき自分の部屋で見たのと変わらない、制服姿の女の子だ。
しかし・・・・・何かがおかしい・・・・・?
何がおかしいのか、それは青年には分からなかったのだが。
青年が身体を起こす。
彼=彼女の背筋がスッと伸びる。
俯いていたことで顔にかかっていた髪を、右手の細い指でスッと耳にかきあげた。

「玲奈?」

葉月が心配そうに、青年の顔を覗きこんでいる。

「大丈夫だよ」

青年が言うと葉月は頷き、

「じゃあ、行こう♪」

二人が歩き始めた。
背筋が伸びた青年の制服の胸元は美しい曲線のラインを描き、スカートは膨らんだヒップによって綺麗に拡がっていた。
青年が一歩踏み出すたびに、足のつま先は自然に内側を向いて内股になり、スカートの裏地が太ももを撫でる。
さっきまでとは違う・・・・・しかし青年は、ごく自然に感じているようだ。
そんな青年=玲奈の様子を見て、葉月にっこり笑った。
二人の前に、学校が見え始めた。
葉月と青年は、『クラスメイト』と挨拶を交わしながら、校門をくぐった。

青年は葉月に手を引かれながら、『彼女達のクラスの教室』入った。
葉月に手を引かれながら学校の校門をくぐった青年だったが、とっくに卒業をしたはずの高校・・・・・それも女子高だった・・・・・に入るのには抵抗があった。
学校の近くまで来ると、同じ制服を着た女の子達が挨拶してきた。
青年も適当に挨拶を返していたのだが、なかには、

「葉月、玲奈おはよう♪」

と、青年の名前・・・・・今の状態での名前だが・・・・・を呼んだのだ。本人でさえ戸惑っているのに?
その『クラスメイト』は、青年の戸惑った顔を見て、キョトンとしていたのだが。
その様子を見て、葉月は笑いだした。
そして言ったのだ・・・・・友達に自分の名前を呼ばれて驚くなんて、玲奈は天然だね・・・・・と。
不思議な事に葉月にそう言われると、『あたりまえのこと』に戸惑っている自分が、恥ずかしくなってしまった。


青年は今、葉月に手を引かれて教室に入った。
クラスメイト達が挨拶をしてくる。
なぜだろう・・・・・今の青年は、挨拶をしてくれたのが誰なのか、まるで『ずっと前からそうだったように』理解できた・・・・・昨日までは、男だったのに・・・・・そこで青年は、立ち止まってしまった。

ここで僕は、どうすればよいのだ?

突っ立ったままの青年=玲奈に、

「玲奈、どうしたの?」

早く座らないと、授業が始まるよ・・・・・笑いをこらえた表情の葉月が、彼女の隣の机を指差した。
教室の前の扉が開き、出席簿を持った若い女性が入ってきた。
青年は、慌てて葉月が指差した机に駆け寄ると椅子に座った。
椅子に座るとき、スカートに皺がつかないようにスッと掌をあてていたことに、青年は全く気がつかなかった。

「起立!」

日直が号令をかけて生徒達が立ち上がる。

「礼!」

青年もスッと綺麗な礼をした。


青年の『女子高校生』としての一日が始まった。



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