† 地に堕ちたる誇り †
なんだ?! あの剣士…。や、やべぇんじゃねぇのか?
覗き窓から中を盗み見ていた狩猟小屋の管理人は、その凄惨な光景に息を呑んだ。
思わず、隣で同じように覗いていた宿屋の主人と顔を見合わせる。
宿屋の主人は、“客”を紹介したのに一向に手数料を払いに来ない管理人に焦れて、狩猟小屋まで様子を見にやってきたのだ。
そこで小屋の中を熱心に覗き込んでいる管理人を見つけ、興味も手伝って、一緒になって覗きに興じていた。
二人は、中の一部始終を見た。
屈強な体格の剣士が、ダークエルフの白い体を力任せに押さえつけ、とんでもなく巨大な剛直で、その華奢な体を犯すのを。
信じられないほど太く長いペニスが、小さな狭い穴の奥まで強引に捻じ込まれていく様を。
エルフの後孔は、その砲身の大きさに耐えられず、裂けてしまっていた。
剛直が引き抜かれるたび、後孔からは、ごぶり、と真っ赤な血があふれ出た。
エルフが悲鳴を上げてのたうつ。
その首根を押さえつけるようにして、剣士が後ろからのしかかる。
剣士の顔には、喜悦の笑みが浮かんでいた。
まるで、魔獣のような、笑み。
あれは本当に、人間か…?
戦いを生業とする者たちは、剣士であれ拳闘家であれ、気の荒い連中が多い。
敵に挑む前は血が滾って治まらないため、気を静めるために女を抱く者もいる。
そんな連中の中には、女が壊れるような抱き方をするものも、少なからず、いる。
だが、凶暴な魔族を犯り殺すような人間など、見たことがない。
しかも、笑いながら。
小屋の管理人と宿屋の主人は、ぞっとして冷や汗を拭った。
剣士は時間をかけて容赦なくダークエルフを犯した。
ベッドの上には夥しい血溜まりができている。
そして、幾度めかの吐精のあと、やっとエルフから体を離した。
血まみれのベッドに、エルフの体が倒れ込む。
その体はもう、ぴくりとも動かなかった。
裂けた後孔からは、血と、大量に注ぎ込まれた剣士の精液が流れ出ている。
それを振り返りもせずに、剣士は身繕いすると、さっさと小屋を出た。
小屋の外には、管理人と宿屋の主人がいた。
それを見て、剣士は心持片眉を上げる。
「ダ、…ク、エルフ、は?」
管理人はビクビクしている。
覗かれていたらしい事を悟って、さすがに剣士はきまり悪げに肩を聳やかした。
「…死んじゃいねぇとは思うがな。」
生きているとも言いがたいが。
「あー…。へへ…」
管理人が妙に卑屈に揉み手をしている。
「一応、商売道具なんだ。ダークエルフも、…ベッドもな。」
それを聞いて、剣士はため息をついて、帯に手を突っ込んだ。
適当に札束をつかみ出して、狩猟小屋の管理人に握らせる。
「毎度あり。」
それから管理人はにやりと笑うと、
「どうだい、旦那。一杯おごるぜ。今日は儲かったからな。」
と言った。
「そりゃ俺の金だ。」
憮然として言い返しながらも、剣士は管理人に付いて、酒場へ戻っていった。
小屋の管理人は、思いもかけぬ大金が懐に入った事で、すっかり舞い上がっていた。
加えて、今しがた見たダークエルフのありさまがあまりに陰惨だったので、エルフは死んだものと思い込んでいた。
剣士は「死んじゃいねぇ」と言ったのに。
剣士がエルフの魔封じを全て取り去るのを見ていたのに。
管理人は、小屋に鍵をかけるのを、忘れていた。
□ □ □
酒場に戻った剣士は、小屋の管理人相手に杯を傾けていた。
「あんた、黒竜に挑むんだってな。」
「ああ。」
「ほら、西の方に黒煙を上げている黒い山が見えるだろう。」
管理人が窓から外を指差した。
「あの頂上に黒竜は住んでいる。この村は黒竜の住む黒の山に一番近い村だ。つってもこっから歩きで三日くらいかかるがな。」
まともに行ければな。と管理人は言葉を継いだ。
ここから先は、力の強い魔物が格段に増えてくる。
おまけに黒の山は道が入り組んでいて、人間を惑わせる。
黒竜に行き着くこともなく途中でのたれ死ぬ奴も多いって話だ。
そんな話を、剣士は興味なさそうに聞いてから、ふん、と鼻を鳴らした。
そんな事はどうでもいい、と言わんばかりだった。
「それより、あの山に住んでるのは確かに黒竜なんだろうな。行ってみたら黒トカゲでした、じゃ、無駄足だからな。」
「確かに黒竜だ。時々あの黒の山に住んでるホビット共が、落ちた鱗を村に持ち込んだりするし、竜珠を持っているのを見た者もいる。」
「なるほどな。」
それから狩猟小屋の管理人は、黒の山への詳しい行き方や黒竜の特徴、今までどれだけの戦士が挑んで、そのいずれもが帰ってはこなかった話などをつらつらと始めた。
それに適当に相槌を打ちながら、緑の髪の剣士はぼんやりと別の事を考えていた。
何故か、頭の中から、犯り捨てたあのハーフエルフの事が去らない。
気の済むまで蹂躙したというのに、何か物足りないような気がしている。
いや、体は満足している。
体中の血が沸騰しそうなほどの暴力への衝動は、治まっている。
自分でも持て余すような、性の欲求もない。
なのに、何故かあの狩猟小屋へ戻りたいような気がしている。
五感に残る、ハーフエルフの名残。
剣士は、己の手を見つめた。
そこに、輝くものが残っているのを見て、目を見開く。
指先に絡む、数本の金の髪。
突然、鮮やかに、剣士の手に、エルフの頭を力任せにシーツに押し付けた時の感触が、蘇る。
細いくせにしっかりしていて、さらさらとしなやかで、まるで、絹糸のような髪。
手の中に残る、押さえつけた丸い頭の感触。
片手で握りつぶせそうなほど、華奢だった。
耳の中に、エルフの悲鳴と剣士を罵る声が残っている。
剣士の体のそこかしこに、エルフの名残が、記憶が、残っている。
突き込んだ時の、あの驚くほど狭い感触と、恐ろしいほどの快感を与えてくれる体。
白い肌を鮮やかに伝った、紅い血。
あれほどの陵辱の中でも、少しも輝きが損なわれなかった、あの禍々しく美しい、
美しい瞳は、剣士への殺意を湛えたまま、苦痛の中に意識を失っていった。
あの瞬間の、なんとも、曰く説明しがたい、剣士の中に湧き上がった感情。
あれは一体なんだったのだろう。
そこまで考えるともなしに考えて、どうかしている…と、剣士は軽く頭を振った。
一時の欲望を吐き出した相手を、事後にこんな風に思い返すのは初めての事だった。
初めて抱いた人ならざる者の感触に酔ったか、それとも、打ち勝ったつもりでいて、あの邪眼に幾ばくか心の欠片を奪われたか。
いずれにせよ、もう二度と逢う事もない魔物だ。
考えるだけ時間の無駄だ。
こんなわけのわからない感情は、邪魔になるだけだ。
そう。己が今考えるべきは、あの黒の山に住む、黒竜を討つことだけなのだから。
己が生涯を誓った、我が姫君の為に。
剣士は、無言で指に絡んだ金糸を床に打ち捨てた。
□ □ □
翌朝、剣士は酒場の二階の宿で、階下がやけに騒がしいのに目が覚めた。
身支度を整え、降りていくと、あの狩猟小屋の管理人を中心に、幾人かの男達が声高に話し合っている。
それを横目でちらりと見てから、剣士は、酒場の主人に宿代を払った。
そのまま出て行こうとすると、主人に呼び止められた。
「あんた、一人旅だろう。充分注意した方がいい。」
「何かあったのか?」
「ダークエルフが、逃げたんだ。」
それを聞いて、剣士は軽い驚きを覚えた。
護符で四肢を焼かれ、魔封じで縛められ、暴力的に強姦され、あれほど激しく後孔を裂かれながら、まだ逃げ出す体力が残っていたというのか。
「誰か! くれは婆さんのとこに使いをやれ! もっと強い護符と縛めをもらってくるんだ!」
男達の叫びが耳に入る。
「馬鹿野郎! いくらふんだくられると思ってるんだ!」
「必ずしとめるんだ。でなけりゃ俺達が殺られる。」
「あいつだってまだ瀕死の筈だ。息の根を止めてやる!」
ふ…と、剣士は息をついた。
自分達で捕らえておきながら、いざ逃げたとなると慌てて殺す算段か。
ご苦労様な事だ。
「あんた…他人事じゃないよ。」
酒場の主人が言った。
「エルフは貞操観念がことのほか強い。自分をあんな目に合わせたあんたも殺そうと思っているはずだ。」
それを聞いて、剣士は、くくっと笑った。
「それはおもしろい。」
笑いながら酒場を出た。
妙に心が高揚していた。
□ □ □
─────来る…。
町を出て、森に入るか入らないかのうちに、剣士は、自分をついてくる気配に気がついた。
気配は、滲み出る殺意を隠そうともしない。
この殺意には、覚えがある。
昨夜、自分が組み敷いた痩身から、絶え間なく注がれたそれと同じものだ。
「隠れてないで出てこい。」
静かにそう言うと、剣士の背後の茂みが、がさりと音を立てた。
目にも鮮やかな、金の髪。
陽光の下で見ると、これほどに美しく輝くのか、と、剣士は束の間、目を奪われた。
何処から手に入れたのか、薄衣を纏っているが、華奢な体の線が透けて見えて、全裸の時よりもよけいに艶かしかった。
邪眼のある顔の左半分が、金髪で隠されている。
見えているメタルブルーの右目が、殺意をみなぎらせて剣士を見据えている。
「てめェが奪った“エルフの護り”、返してもらう。」
「…?」
何の事だかわからん、と剣士が口を開きかけた瞬間、目の前のエルフの体がぐらりと傾いた。
やはり衰弱しているのか、と見えた瞬間、エルフの体はくるんとトンボを切って、あっという間に剣士との距離を詰める。
完全に後ろを向いた姿勢から、凄まじい蹴りが放たれる。
剣士の顔面を狙ったそれは、剣によって阻まれた。
すぐにエルフは飛びのいて、間合いを取る。
速い。
剣士は目を見張った。
この速さはどうだ。
これが本当にあの薄暗い狩猟小屋で瀕死だったエルフか?
とっさに剣士は、抜刀し、身を伏せたままの姿勢で間合いを詰め、その華奢な体を横薙ぎにした。
ふわりとエルフの体が舞う。
上空からの鋭い蹴りが降ってきた。
剣士はそれも避ける。
ち、と剣士は舌打ちした。
自分の剣に迷いがあることに、気がついてしまった。
相手は剣士を殺すつもりで襲ってきている。
だが、剣士の剣は、エルフを斬る事にためらいを見せた。
自分で自分が信じられない。
ぎり、と剣士は奥歯をかみ締めた。
その瞬間、エルフの蹴りが剣士の腹に叩き込まれた。
重い剣士の体が、華奢な足から繰り出された蹴りによって、いとも簡単にふっ飛ばされる。
「ぐあッ!!」
地面にたたきつけられた剣士の目の端に、とどめの一発を繰り出そうと片足を上げるエルフの姿が入った。
来る、と思って身構えた剣士に、けれど、エルフの一撃はこなかった。
訝しく顔を上げた剣士の眼前に、倒れ伏すエルフの姿。
その背に、矢が突き刺さっているのが見えた。
2004/08/21