恋するアゲハマ嬢 18
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さて、席に戻ろうと市河がテーブルへ向かうとアキラの姿はなく、
空っぽのパエリア鍋だけが淋しく置き去りにされていた。
二人は何処にいるのだろうとカウンターの方へ目をやると、案の定、緒方の両隣に
アキラとヒカルがジュースのグラスを片手に腰掛けていた。
「何やってるの?」
背後から顔を覗かせた市河を見るなりアキラは美眉を寄せ、
「あ、市河さん。洋服の方は大丈夫?」
と濡れた服の心配をした。
「全然平気よ。シミ一つ残ってないの」
市河はアキラの隣に腰掛けながら笑顔で答えた。
それにしてもアキラのそういう細やかな心配りはさすがだと思う。
中学時代の同級生と比べてもその差は歴然としている。
あの当時、アキラのような王子様的男子生徒が一人でも学内に存在していたなら
自分の人生、60度位は変わっていたかもしれない。
でもそうなるとアキラと出会えなくなる。そんな未来なんてまっぴら御免だ。
アキラのいない世界になんて一秒たりともいられやしない。
市河は年下のアキラに熱を上げているせいか、
実は一部の人間に中学生も守備範囲内なのではと誤解されている。
事実アキラは中学生なので年齢的にはショタと騒がれても仕方がないのだが、
アキラにはショタの対象である同世代の少年が持つ雑駁さが全くない。
可愛らしい印象のヒカルでさえもやはりどこか運動場の土の匂いというか、
男の子の埃っぽさを感じるのに、アキラの纏っている空気は静謐そのものだ。
半ズボンからのぞいたぴちぴちした膝小僧がいいとか、そんな要素は問題じゃない。
自分は塔矢アキラそのものに惚れているのだ。
その情熱こそがまさしくショタならば、好きなだけそう呼べば良い。
市河にしてみれば、ショタだろうがストーカーだろうが
アキラが絡めば光栄な称号にすぎなかった。
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