恋するアゲハマ嬢 19
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「今さ、緒方先生のナンパ話聞いてたんだ」
ヒカルがいたずらっ子のような目を輝かせる。
「おしゃべりな店主が頼みもしない事をべらべら話し始めるんで、こっちはいい迷惑だがな」
そう言いながらも緒方の口調は柔らかい。
むしろ店主とヒカルのやりとりを酒の肴にして楽しんでいるフシがある。
「そう言うなよ。君が誰かを連れてくるなんて滅多にないことだからね。
この際日頃のウラミツラミを──君達に教えてあげたい事はまだまだ山ほどあるんだよ」
店主はヒカルとアキラの前に黄色いジュースを置きながら、意味ありげに目配せをした。
「ナンパ話って何のこと?」
ホワイトシャークのナンパ術には興味のある市河が、そっとアキラの袖を引く。
「緒方さんが今飲んでるお酒にまつわる話なんですが、」
そこまで話しかけたところで、アキラは小首をかしげてちらりと緒方を見た。
話の先を自分が続けても良いものかどうか迷っているようだ。
「アキラ君が躊躇うようなやましい話でもなかったと思うが…」
グラスの中で揺れる琥珀色の液体を一口流し込んだ緒方が、
市河を気にしながら苦笑気味に弁解する。
アキラは慌てて首を振った。
「ごめんなさい、ええっと、その──緒方さんがこの店に来た時、
一人の女性がカウンターでこのお酒を飲んでいたんでしたよね」
「そ。それで今夜はイケルと思った緒方先生は隣に座って声を掛けたんだよな」
「緒方君に限らず、女性が一人で飲んでたら私でも声を掛けますよ。
これは男として最低限の礼儀です。あなたのような美人ならなおさらだ」
さりげなく緒方のフォローをしつつ、店主は市河の前にも黄色いジュースを置いた。
「これは何のジュースですか?」
「ニューサマーオレンジです。檸檬のように黄色い色をした小さな夏みかんですよ」
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