恋するアゲハマ嬢 20
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ヒカルは空になったグラスとニューサマーオレンジのジュースを交代し、
くんくん、犬のように匂いをかいでからぺろりと舌で味見をした。
「お、これ美味い!」
「ふぅん」
実は興味津々だったアキラもヒカルに倣って初めての味に挑戦した。
「とても爽やかな味ですね。それに飲みやすい」
一口飲み終え、満足そうに感想を述べるアキラの唇が薄赤く濡れ、
照明の光に反射して艶めいて見える。
そんなアキラの様子に胸をときめかせつつ、市河も檸檬色のジュースを飲んでみた。
甘すぎず、酸っぱすぎず。夏と言う名に相応しい青い味だった。
いつの間にか増え始めた客に、店内が少し騒々しくなる。
地味な場所での営業が功を奏してか、この店には案外ファンが多い。
緒方のようにひとクセもふたクセもある固定客から、
自分だけの穴場スポットを求めて辿り着いた若者まで、
それぞれが地上の煩雑さから逃れようと店を訪れ、
緩やかに過ぎてゆく仄暗いまどろみの空間に身を任せつつ、酒に酔う。
そんな彼らに支えられ、おかげさまで『神経酔弱』は連日連夜、
不況とは無縁の賑わいを見せていた。
さて、店主の話に戻る。
件の女性が店にやってきたのは緒方が十段位を獲得してからのこと。
お祝い騒ぎに疲れた緒方が人目を避けるように店を訪れた際、
720mlのボトルを堂々と目の前に置き、鶏肉のタタキをつまみに
豪快にグラスを傾けていたという。
若くて美しい外見以上に、その男顔負けの飲みっぷりに圧倒された緒方は、
引き寄せられるように二つ隣の椅子に腰掛けた。
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