恋するアゲハマ嬢 21
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「緒方君はウィスキーのつもりで彼女と同じ物をオーダーしてきたんだけど、
実はこれ、焼酎なんだよ」
店主の言葉を受け、緒方は自分のグラスを少し上に上げ、揺らしてみせた。
「色といい照りといい、ウィスキーにしか見えないだろう?
その頃オレはまだ焼酎なんてもの飲めなくってね。…まず匂いが苦手だった。
遠征先でたまに 地元の銘酒を勧められる事があるんだが、
酒はともかく焼酎だけは毎回謹んで辞退してきたわけさ」
「そんな緒方君に焼酎を飲ませてもいいものかどうか迷う以前に私は困惑したよ。
何故ならあの焼酎は店の商品ではなくて、彼女の持ち込み品だったんだからね」
これはちゃんと仕入れたものだけど、と言い添えて、店主は棚から焼酎の
ボトルを取り出し、皆の前に置いた。小柄なボディに貼られたコルク色の
ラベルには、『百年の孤独』とある。
「持ち込み品って?」
「自分で持ってきたお酒だよ。それをこの店で開けて飲むことも出来るんだ。
飲み切れなかったら、ウチでちゃんとキープしておく」
「じゃあさ、オレがペットボトルを持ち込んでココで飲んでもいいってこと?」
「何バカなこと言ってるんだ、キミは」
天然なヒカルの言動に多少疲れ始めたのか、アキラは溜息混じりに目を伏せ、
側に有ったジュースを飲んだ。
「アッ、アキラ君!それ私のジュース!」
市河の素っ頓狂な声にアキラがビクリと肩を振るわせた。手前を見ると、
確かに自分のジュースがちゃんと残っている。アキラは誤って、隣にあった市河の
ジュースを飲んでしまったのだ。
「ゴメンなさい、よく確かめもせずに飲んでしまって…どっちもボクが
口をつけちゃった、…どうしよう?」
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