恋するアゲハマ嬢 22
(22)
「き、気にしないで!私はこっちをもらうから、アキラ君はそのまま
飲んじゃって頂戴」
久しぶりに見たアキラの悩殺ポーズ、ザ・上目遣いに思考回路がショート寸前の
市河は、動揺を隠しながらアキラの前にあるグラスをそそくさと引き寄せた。
そして昂ぶった熱を冷まそうと一口飲む。
「フフ」
そんな市河を見てアキラが唇に手をあて、意味ありげに笑った。
「何?どうしたの?」
「市河さんと間接キスしちゃったなぁと思って」
「!!」
─バボン!
市河の体内で何かが大爆発を起した。
鼓動が跳ね上がり、身体中の血が沸騰するのが分かる。
全身の毛穴から蒸気が音を立てて噴出しているような、そんな錯覚に襲われた。
「市河さん人気者だから、みんな羨ましがるかも」
アキラの言う“みんな”とは何処の誰辺りを指しているだろう。
まさか碁会所に集うオヤジ連中の事だろうか?
──あの人たちはアキラ君に夢中だもの。そういう意味で羨ましがられるのは
私の方ね…。
囲碁サロンの常連客はほぼ全員が“若先生親衛隊”と呼ばれるアキラのファンだ。
幼い頃から見守ってきたアキラをわが子以上に可愛がるのは仕方がないとしても、
行き過ぎた弁護は逆にアキラの評判を落としかねない。
市河は影の親衛隊長として、彼らの言動にも目を光らせる必要があった。
しかし、意固地なオヤジ共を諌めるのは若い市河にとってかなり骨が折れる仕事だ。
市河はたまりにたまったストレスの発散方法として、
アキラに出した後のコーヒーカップでコーヒーを飲むというささやかな幸せを見つけた。
優越感に浸りながら飲むコーヒーは味も格別。
同じコーヒーなのに何故こうも味が違うのか。味覚は思い込みに左右される。
アキラの味がすると思えば、ただの水も甘露に変わるのだ。
|