恋するアゲハマ嬢 26


(26)
恐るべし、無限ループの罠。
この繰り返しによって、アキラを応援していた者達の間に奇妙な連帯感が生まれ、
その熱き思いが“若先生親衛隊”と揶揄されるまでになったのだ。
だが、彼らが心酔しているのはプロ棋士としてのアキラだ。
愛想良く微笑みを浮べ、懇切丁寧に指導碁を打ってくれる碁会所のアイドルが、
難関をたやすく突破してプロになり、今も胸のすくような快進撃を続けている。
そんなスーパーヒーロー・アキラに心を躍らせ、果たせなかった夢を託す、
枯れたオヤジ連中の心情は市河にもなんとなく理解できる。
だからといって、同族意識があるわけではない。
アキラのうわべだけを掬い取り、若き教祖サマと崇め奉る彼らと、アキラの裏の顔まで
知り尽くしている自分は根本的に愛情の質が違うのだ。一緒にされては困る。
「わかったわ、アキラ君。お父さんたちには秘密にしておく。アキラ君はしっかりしてるから
 私たちもつい大人のように扱ってしまうけれど、あなたはまだ未成年だって事を忘れないで」
「ごめんなさい市河さん。…ありがとう」
感謝の言葉と一緒に、アキラは安堵の溜息を漏らした。
複雑な気持ちを抱えたまま、市河は一気にジュースを飲み干す。
この少年について随分知りすぎたような気もするけれど、まだまだ知らない横顔がある。
思えば、先ほどのヒカルの一言も気にかかる。
まるで緒方の家で三人が酒を飲んだようなニュアンスではなかったか?
悩み始めた市河とは対照的に、胸騒ぎの元凶である緒方はすこぶる機嫌が良い。
「アキラ君の飲酒カミングアウトは無事に済んだようだな。どうだ、お祝いに少し飲むか」
言いながら緒方はアキラのジュースに琥珀色の焼酎を注ぎ込んだ。
「緒方さん、もう酔ってるんですか?」
「緒方先生まで何てことするんですかっ!!!」
「オレもそれ飲みたい!先生これにも入れてよ」
「進藤君まで何を言い出すのよ!!」

─そんなこんなで、ボトルの中身は二分の一をきってしまっていた。



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