マッサージ妄想 1 - 5
(1)
旅館の大浴場から戻ると既に二人分の布団が延べられていた。
「どっち使う」
「ボクはどっちでも」
「じゃあアンタが奥や。・・・・・・なんや塔矢、寝る前に茶あ飲むんか」
見るとアキラは部屋の入り口を入ってすぐの所に寄せられた座布団に座り込んで踝の辺り
を揉むようにし、その傍らには盆に載った湯呑みと急須と茶葉のセットがある。
「え?ああ、違うよ。ちょっと脚が疲れてて、座りたかっただけ。ボクが奥だね。
じゃあ少し横にならせてもらおうかな」
スッと横を通り過ぎて奥の布団へ行こうとするアキラの手首を?んで引き留める。
「・・・・・・なんだい?社」
「脚、疲れてたんか。言うてくれたら良かったのに。・・・・・・オレが今日一日引っ張り回しすぎたか・・・・・・」
アキラが仕事の関係で和歌山まで来るというので、「ならついでにこっちで2、3泊してっ
たらええ!オレが大阪案内したるわ」と半ば強引に誘ったのは自分だ。
考えてみれば東京から和歌山へ移動し丸二日間の仕事をこなした後、間も空けず大阪へ
出て人の多い街を一日中歩き回ったのでは疲れるに決まっている。
久しぶりにアキラと二人きりで過ごせるという状況に浮かれまくって、そんなことにも思い至らなかった。
(それでなくても自分のホームグラウンドでエエとこ見せよ思て、張り切って連れまわし
過ぎたかもしれん・・・・・・計画立てとる段階で少し強行スケジュールかなとは感じとったの
に、肝心の塔矢に楽しんでもらえなかったら意味ないやん・・・・・・今日塔矢に不意打ちで口
アーンさせてたこ焼き食わしてやった時もオレばっかりハッピーで、塔矢は痛む足を抱え
てたっちゅうんか・・・・・・そう言えばあん後塔矢、少し怒ってたような・・・・・・オレはアホや。大うつけや)
(2)
しゅんとしている社にアキラは一瞬きょとんとした顔になって、それから苦笑した。
「社のせいじゃないよ。普段なら一日二日これくらい歩いてもなんでもないんだ。ただ
最近少し移動する仕事が多くて、疲れが溜まってたらしい・・・・・・っおい、社!?」
アキラに抱きつき押し倒すと、ばふりと音を立てて二人分の体重が布団に沈んでいく。
自分の身体の下でアキラが身を硬くしたのがわかる。
今まで何度か体の関係を持ったが、それらはいずれもアキラの側から誘われ、許された
ものだった。そうでない場合は行為を強要しないこと、それがアキラに想いを告白した時
単なる碁打ち仲間から一段「昇格」するための条件の一つとして提示された掟だったから
社とてそれを今更破るつもりはない。
アキラの肩を捉えたまま見下ろすようにして上半身を起こすと、アキラが強気なような
それでいて泣き出しそうな顔でキッとこちらを睨み据えている。
正直その表情に欲情しないかと言えばそら、するわな!という感じなのだが。
社は溜め息をついてアキラの上から身を退かし、盆踊りのように両手でサッと空中を掻き
混ぜるようなジェスチャーをした。
「?」
怪訝そうな顔をするアキラに口で説明してやる。
「そんままうつぶせに、なってみ。アンタがなんてゆうても疲れさせたんはオレに一因が
あるから、責任取ってこの社様が『まっさーじ』したるわ」
(3)
ドーン!と胸を叩いて宣言したが思ったより反応は薄かった。
「マッサージ?出来るの?キミが?」
湯上がりの浴衣姿でしどけなく横たわるアキラに、胡散臭げな眼差しで見られてここで引いては男がすたる。
「ま、ええからええから、言われたとおりにしとき!『信じる者には福がある』って言うやろ」
「それって二つくらい諺、混ざってない?」
「こっちではこう言うんや!なんでもかんでも東京の物差しではかったらあかんで」
ほんとかなあ、とクスクス笑いながらもアキラは素直に身を倒し、ころん、とうつぶせの体勢になった。
その笑顔にほっとしながらもアキラの身体を前にして、はたと困ってしまった。目の前
にはアキラの脚が、紺地に白の桔梗を染め抜いた旅館の浴衣に包まれてある。
・・・・・・浴衣の裾を捲らなければマッサージが出来ない。
(裾上げな出来ひんって、塔矢もわかってるよな?いきなり捲ってキャッ、清春くんの
エッチ!な展開になったらどないしよう。・・・・・・コイツいかにも平気で人のこと蹴っ飛ば
したりしそうなキャラやもんな。いや、蹴っ飛ばされるのは別に構へんけど下心があって
提案したと思われたりしたら心外や!やっぱり事前に一言断ってからのほうがええよな。
よし、言うぞ。出来るだけ事務的にさり気なく・・・・・・)
スーと息を吸い込んだ瞬間、アキラがこっちを向いたので心臓が止まりそうになった。
「どうしたの。あ、浴衣の裾が邪魔?ごめんよ、気づかなくて」
何も言わないのにさっさと合点して、身体を少し浮かせ浴衣の裾を割るともう一度うつぶ
せの体勢に戻ってゆっくりと脚を上に向かって曲げる。
すとん、と紺色の裾が脚を滑り、膝裏の位置まで捲れる。
それから再びゆっくりと片足ずつ布団の上に下ろすと、目に眩しいような白いふくらはぎが露わになった。
「お願いします」
アキラが振り向いてにっこりと笑った。
(4)
「へえ、器用なんだね。社の指って、碁が打てるだけじゃないんだ」
アキラの左足の甲を自分の膝に載せ、両手の指を駆使して足指から足裏にかけ丹念に揉みほぐして
やると、相手は感心したような声をあげた。
「当然や。オレはナニワのゴールドフィンガーの異名を取った男やで?」
剥き出しの白いふくらはぎが目にちらついて誘っている。が、まずは手順どおりに身体の先端部分から
攻めていくことにした社だった。
「気持ちエエやろ」
「うん」
先刻までの胡散臭げな態度もどこへやら、アキラはおとなしく社に足を任せて枕を抱えうっとりと顔を埋めている。
やはり相当疲れが溜まっていたらしいと手に伝わる感触で感じた。
(やっぱりマッサージ提案してみてよかったわ。コイツいつも何かと肩に力入り過ぎやし、たまにはこうして
気ィ抜いてやらんとな。しかしこうして改めて見ると・・・・・・コイツ男のくせに可愛え足しとんのやなあ)
社の手の平にすっぽりと包み込まれた足は思ったより華奢で、ほっそりと形が良かった。
薄い薔薇色の足裏は滑らかで温かく、皮膚の薄い土踏まずの部分に細い静脈が青く透けて見え、
キュッと丸く引き締まった踵が動くたびに足首の細い腱が鋭く浮き上がる。
足の甲を少し持ち上げ角度を変えてみると、人形のように整った足指は先端に行くに従ってほんのりと桜色に染まり、
そこに小さい綺麗な爪が行儀良く並んでいる。
(なんやホンマに可愛らしなあ。足なんて今までじっくり見せてもろたことなかったけど、こら新発見や。
目に焼きつけとこ)
明日の夕方にはアキラは新幹線に乗って東京へ帰る。次にまたこの足に触れられるのはいつの日のことか。
慈しむように小さな小指を引っ張り、ついで足指の股の狭い部分に指を捩じ込んで強めに揉むように
してやると、足はくすぐったそうにピクン、ピクンと痙攣して逃れようとした。
(5)
「こら、動いたらあかん」
「だって・・・・・・くすぐったいよ。あっ、ハハ、だからそこはダメだって、アハハ」
「なんやアンタ猫じゃらし見た猫やあるまいし、はしゃぎすぎやなあ。こっちは精魂込めてやっとる
ちゅうのに、緊張感足りんのとちゃうか」
「え、そんなに一生懸命やってくれてるの?」
「当たり前や。足揉み師の極意は一指入魂、一押し一押しに命かけとんのやでぇ?」
「そうなの?でもくすぐったいものはくすぐったいよ」
「そらそうや。なら甘くないヤツいっとこか」
ちょうど両足の足指へのマッサージが一通り終わったので、足裏のツボ押しへと移ることにした。
「痛っ、いたた、痛いよ社」
指の関節を当てグッと力を込めてやるとアキラが身を竦ませた。
「足ツボ押して痛いのは身体が『疲れた』ゆうとる証拠や。足裏の神経は身体の色んなとこと
繋がっとるからな。こうして丁寧にほぐしていったらそのうち痛くなくなる。・・・・・・どや?」
「うん、そう言えばあんまり痛くなくなってきたような・・・・・・んっ、でも、あぅ、痛ぁっ」
いわゆる「湧泉」のツボを押してアキラが大きく身を捩った瞬間、膝裏まで上げられていた浴衣の裾が大きく割れて
輝くばかりに白い太腿が覗いた。
(ぐはっ)
心の中で鼻血を吹いた社をよそに、右足の太腿の途中までスリットを入れたような格好のまま
アキラは「んっ、んっ・・・・・・」と枕に頭を押し付けながら、断続的に襲う痛みに悶えている。
(あっかーん!こら目の毒や)
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