マッサージ妄想 46 - 50


(46)
数分後、二人は店の紙袋を手に夕陽で赤く染まり始めた路上にいた。
「持とか」
「ううん、軽い物しか買わなかったし」
「そか。・・・・・・あのおっちゃん、めちゃめちゃ押し付けがましいけど割とエエ人やったな」
「そうだね」
アキラがクスッと笑う。そのまま何となく会話が途切れて、夕暮れ時の柔らかな風の中を
二人並んで歩いた。
(さっきのこと、コイツはどう思っとるんかなぁ・・・・・・)
店で自分はアキラと対の物が欲しいのだと口にした。店主はそれを厚い友情から出た発言と
取ったらしい。では肝心のアキラは自分の言葉をどんな意味に受け取ったのか。
(たとえば今ここで、オレの気持ち全部ぶつけてコイツの気持ち確かめるゆう選択肢もある・・・・・・)
それが何故かためらわれるのは、夕陽に照らされたアキラの横顔がいつもより遠く感じられる
からだろうか。
たまにアキラが自分を想ってくれているような素振りを見せるたびに、自分は本当に嬉しく
なってしまう。そして互いの気持ちが通い合ったと思える優しい瞬間も確かに存在するのだ。
なのに肝心な時にこうしてぶつかっていけないのは何故なのだろう。
(結局の所オレは、塔矢のこともオレ自身のことも、信じ切れてないちゅうことか・・・・・・)
アキラと対する時、常にどこかに引け目を感じている。
自分は大勢の中の一人に過ぎないのだ。せめて碁の腕がもっと、アキラと対峙するほどに
強かったなら、それがアキラにとっての自分の価値だと自惚れることも出来ただろうか。
今の自分には拠って立つものが何一つない。だから、お前の一番の相手になりたいと、
お前を独占したいと当然の望みを伝えることすら出来ない。
「都合のいい男」でいることに寂しさを感じながら、「都合のいい男」として振る舞うことに
よりアキラに媚びているのは、他ならぬ自分自身なのだ。


(47)
(オレ言う男は、思ったよりヘタレとんのやなぁ・・・・・・対の湯呑み持てたんは嬉しいけど、
生身のオレ自身はまだちっともコイツに釣り合ってへんやんか・・・・・・あ、マズイ、
めっちゃ落ち込んで来たわ)
無意識のうちに唇を突き出し眉間に皺を寄せて唸っていた社の耳にアキラの声が飛び込んできた。
「・・・・・・社。社?」
「・・・・・・んっ。あ、塔矢。何やねん」
「なんだか難しい顔してるから・・・・・・」
心配そうに覗き込んでくる瞳は不安げに揺れていて、社は胸がキュッと締め付けられた。
(あかん、オレがついてながらこんな顔させてしもて・・・・・・とりあえず悩むのは後や。
こんなことじゃコイツを守りたいなんて言えへんで!)
「スマン、ちょっと考え事しとったんや。新幹線の時間までまだちょっとあるな。夕飯
食っとくか?この辺りなら色々ウマイとこ知っとるで」
「・・・・・・。考え事って?」
「・・・・・・オレ自身の問題やから。アンタはなんも心配せんでエエ。あ〜ホラ、次どこ行こかー!
早よせな、時間なくなってまうでー!」
オーバーアクションで四方の店や通りを指差しながら明るく言ってみたが、その袖口を
アキラがグッと捕らえた。
「社。・・・・・・この際だから、真面目に話したい」
「・・・・・・」
アキラの黒い瞳で真剣に見つめられてしまっては、逆らう術はない。
要求されるままに人通りを避けて、静かな裏通りへと出た。


(48)
「・・・・・・何や」
アキラの背中を見ながら、じわじわと不安が広がっていく。アキラは何を話そうと言うのだろう。
社の目の裏に、先ほど夕陽の中を歩きながらどこか遠く感じられたアキラの横顔が浮かんだ。
自分が単なる揃いの食器ではなく「対」の物を欲しいのだと口にしてから、ぼんやりと群れを
眺めていたアキラ。
望みを口にしたことはやはり失敗だったのだろうか。自分が身に過ぎた望みを抱いていると
知って、アキラは嫌気が差したのだろうか。
「社。・・・・・・初めに言っておくが、ボクはキミのことを好きだ」
振り向きざまにアキラははっきり言った。
だが本当なら嬉しいはずのその言葉を紡ぐアキラの声も眼差しも、何かを思いつめたかの
ように硬く強張っている。
社は瞬時に、手足の冷えるような緊張を感じた。
きっと今から交わされる会話は、自分たちの関係にとってとてつもなく重い意味を持つのだろう。
痛みをこらえるようなアキラの表情に、胸を衝かれた。
――こんな顔を、させたくはないのに。
もしアキラにこんな表情をさせているのが他の人間だったなら、今すぐアキラを抱き締めて
何者からも守ってやるのに。
他ならぬ自分との関係にまつわる何かが、アキラに痛みを与えている。その事実が苦しかった。
真っ直ぐに社を見つめていたアキラの視線がすっと斜め下を向き、少しためらうような間が
あってから言葉が続いた。
「そしてキミも、ボクのことを好いてくれている。・・・・・・そうだろう?」
「・・・・・・ああ。好きや・・・・・・!」
はっきりと答えた。


(49)
一瞬、アキラの表情が安堵するようにふわりと和らいだ。
だが次の瞬間にはアキラはまたキュッと唇を噛み、苦しげに目を伏せてしまう。
「・・・・・・なんでそないなこと今更聞くんや。オレら、オレがアンタのこと好きやゆうて
始まった関係やんか。・・・・・・オレ、アンタに無茶苦茶惚れとんのやで」
目を伏せたままのアキラの頬が、少し赤く染まった。
(お?)
それに気を良くしてアキラの顔を覗き込み、真顔で更に攻めてみる。
「なぁ、好きやで塔矢。めっちゃ好きやねん。惚れとるわホンマ。世界で一等。アンタが大将」
社が顔を近づけ畳み掛けるたびに、アキラの顔はますます赤くなり俯いてしまう。
「わ、わかったよ。もういいから」
「そか。わかればエエんや。・・・・・・そやからな、オレ、アンタに悲しそうな顔とかして
欲しないんや。オレの言ったこととか行動がアンタの悩みの種になっとるなら、言って
くれれば全部直す。迷惑にならへんよう気ぃつけるから・・・・・・そやからそんな顔せんといてや、塔矢」
下からのアングルで覗き込んだまま、両手でアキラの小さな顔をそっと包み込む。
次いで両の親指でアキラの唇に触れ、人差し指と中指で左右の耳朶の後ろをあやすように軽く
くすぐってやると、アキラの瞳がたちまち甘く潤み赤い唇が軽く開いた。
(え、)
濡れた瞳が昨夜の情景を思い出させ、社の身体の芯に緊張を走らせる。
そのまま指で皮膚を辿り首筋にそっと滑らせると、アキラは「あッ」と小さな声を上げて
かくんと首を竦ませた。
「ん・・・・・・ぅん・・・・・・っ」
「と、塔矢・・・・・・?」
さっきまで思いつめた表情をしていたアキラが今は目を閉じ、うっとりと指の動きを追っている。
そのあまりに急激な変化に戸惑いながらも、社は魅入られたように唇を寄せ口付けようとした。
それに応えるようにアキラの唇もゆっくりと開く。

だが次の瞬間、アキラははっと驚いたように目を瞠り、飛び退いた。


(50)
「塔矢!?どないした」
「・・・・・・!」
その時一台のトラックが音を立てて社の後方から現れ、二人のいる歩道の横を通り過ぎて行った。
「あっ・・・・・・そか。スマンッ」
「え?」
アキラはまだ目を潤ませ、社に触れられた首筋を押さえながら息を整えている。
社は歯噛みした。裏通りとは言え人目がないわけではない。自分が欲望に流されてここで
アキラにキスなどして、もしも誰かに見られたらどうするつもりだったのか。
自分はともかくアキラは世間からの注目度も高い。国際戦デビューとなった北斗杯で中・韓の
棋士相手に白星を挙げてからは特に、日本囲碁界復活を導く若手旗手として一般誌でも時折
彼の特集が組まれるようになった。
端正な容貌や元五冠トップ棋士の息子という話題性も相まって「碁界のプリンス」的な扱いを
されることも多く、一度などカメラマンの指示だったものかどうか、雑誌の表紙を頬杖&
ウインクで飾るアキラを電車の中吊り広告で見た時は満員電車の中で鼻血を吹きそうになったものだ。
(そや、塔矢は顔を知られとる・・・・・・それが道のど真ん中で男とチューしてたなんて噂にでも
なったらエライこっちゃ!何やっとんのやオレ!ったく、しっかりせーや!)
「ここかて人通りあるもんな。迷惑にならへんよう気ぃつけるゆうた矢先やのに、考えなし
やった。スマン」
「・・・・・・社のせいじゃない。キミは何も他意があってボクに触ったわけじゃないんだから。
悪いのはボクだよ。何でもないはずのことにいちいち反応してしまうボクが悪いんだ。ボクが
こんなだから・・・・・・」
「あ?」
やたら深刻そうなアキラの態度を不審に思った。



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