マッサージ妄想 41 - 45


(41)
一瞬空気が凍った。
(はっ・・・・・・)
社はサッと血の気が引くのを感じた。店主も多少呆気に取られたような顔で口を開けている。
店主に自分たちの関係を気取られてしまっただろうか、いやそれ以前に、自分がこんな
身の程知らずな望みを抱いていることを知ってアキラはどう思うだろう。
強い後悔が襲った瞬間アキラの声が涼しく響いた。
「そうなの?それじゃ何か一揃い買っていくかい?」

思わずアキラの顔を見ると、アキラは微笑みまた聞き返してきた。
「何か買っていく、社?」
「あ・・・・・・エッと」
「何がいいんだい?」
アキラはさっさとレジを離れて、さっき社が見ていた窓辺の瀬戸物の一群のほうへ向かっていく。
夢を見ているような心地で後を追った。
磨り硝子の窓から柔らかな西陽が差し込み、色彩豊かな瀬戸物群をつやつやと照らし出す。
滑らかなその輝きに、昨夜水のような汗でしとどに濡れ輝いていたアキラの膚を想った。
「お茶碗もいいけど、お湯呑みのほうがよく使うかな・・・・・・社はどれか欲しいのある?」
「お、おう。湯呑みか。それやったら、」
「若い人にはこっちの柄とか人気ありますわ」
店主が横からニュッと顔を出して口を挟んだ。アキラが平然としているため、先ほどの社の
言葉も仲の良い友人同士、友情の証を欲しがるような発言として受け取ってもらえたらしい。
笑顔に戻ってアキラ相手に商品の説明を始める店主を、社はしかし苦々しい気持ちで見た。
(なんやなんやなんや。せっかく二人で揃いの食器選ぼうて時に、おっちゃんの意見なんて
要らんわい)


(42)
「オレ、これとかエエなぁ〜」
対抗するように大きな声で、手前にある爽やかな淡い水色の湯呑みを取り上げる。
さっき夫婦茶碗を見た時にも、綺麗な色だと目に付いていたものだ。
だが社の両手に掲げられたそれを見て、店主は困ったような顔をした。
「それだと夫婦湯呑みになってまうで。その色、もうその一揃いしか残ってへんし・・・・・・
在庫取り寄せるにも時間がかかるしなぁ」
言われてみてハッとした。先ほどの夫婦茶碗の一件があったせいで、揃いの食器と言えば当然
夫婦茶碗か夫婦湯呑みのような一対になっているものを社は想定していたのだが、店主や
アキラにしてみれば単に色柄が揃いのものを欲しがっている程度の認識だったのかもしれない。
だからこそアキラもあっさり揃いの食器を買うことを提案したのではないか。
(初めっから夫婦物欲しいゆうてたら、もしかして断られてたのやろか・・・・・・?)
それでもスマートに引く気にはなれなくて、両手に大小の湯呑みを掲げ持ったまま唸っている
社にアキラが優しく言った。
「社、それ気に入ったんだろう?ならいいよ、ボクもそれで」
「いやいや、そらあきまへんわお客さん」
店主が即遮った。
「・・・・・・なんでやねん、おっちゃん。本人たちがエエゆうてるんやからエエやんか?」
「夫婦湯呑みは男と女で使うモンや。友達同士でどっちか片方が女物で我慢せなアカンなんて
おかしいやろ。ちゃんとおんなじ大きさの選んだらエエがな」
「なら、オレが女物のほう使うわ。それなら文句あらへんのやろ」
「自分、なっかなか頑固やなぁ。そんなにコレ、気に入ったんかいな」
「てゆうか・・・・・・」
自然と視線が下を向く。口にしたものかどうか迷う。アキラは今どんな顔でこちらを見ているのだろう。
それでも、水が低きに流れるようにごく自然に、ぽろっと本音が零れ出た。
「オレ、柄が同じとかだけやなくて、ちゃんと塔矢と対になっとるやつがエエんやもん・・・・・・」


(43)
言ってしまった。アキラの聞いている前で。
だがこれが偽らざる自分の気持ちなのだ。
どんなに表面を取り繕って「大勢の中の一人」という立場に甘んじているよう見せかけたとしても、
自分の中には常にアキラの隣に立つ唯一の一番の相手になりたい、アキラを独占したいという
願望が欲深に滾っている。
対の食器が欲しいと口にしたことで間接的にとは言え、これまで押し隠してきた願望の一端を
晒してしまった。
そのことにかすかな後悔を覚えながらも、不思議とすっきりした気分で社は顔を上げた。
店主が腕を組み難しい顔をこちらに向けている。・・・・・・なんやねん。
半ば開き直って唇を突き出し睨み返す。
と、店主が「あ」と口を開け、ポンと自ら片手の手の平に拳を当てた。
「ほなら、坊ん達にピッタリなんがあったわ。アレならええ、待っとき!」

やたら張り切った様子の店主が奥へ引っ込み、社とアキラは静かな店内に再び二人きりで取り残された。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・。塔矢。・・・・・・今の話やけど」
言いかけて横を見ると、アキラはぼんやりと表情なく、日に照る瀬戸物の群れを眺めていた。
淡い金色の西陽が美しい顔をまともに照らして、長い睫毛の縁を光の色に輝かしている。
それがあまりに綺麗で、社は後に続く言葉を見失った。
対のもの、独り身のもの、色とりどりの群れを眺め下ろしながら、
「ホントに色んな種類があるんだね」と独り言のようにアキラが呟いた。

店主が戻って来た。


(44)
「ホラ、何しとんのや、坊ん達。こっち来ーや」
「・・・・・・」
ぼんやりと群れを眺めるアキラが、自分の言葉をどう受け止めたのかが知りたかった。
だが、とりあえず店主が手招きするレジのほうへとアキラを促し二人で向かった。
店主はニコニコしながら箱を開け、包紙の中から紺色の二つの器を取り出してみせた。
「コレな、夫婦湯呑みのつもりで買い付けてん。そしたら間違うて男湯呑みが二つ入っとった。
片方送り返して女湯呑みと併せて売るつもりやったけど、まぁこの二つが一緒になっとったのも
何かの縁かも知らんしな。もし坊ん達が欲しい言うなら、このまま譲るわ」
「おっちゃんそれ、送り返すの面倒で言うとるんちゃうやろな」
「アハハ、それもある。でもコレなら一応“対”言えんこともないし両方男物やし、坊ん達に
ピッタリや思おてな。柄もちょっとエエ風情やろ。じっくり見てや」
(なんやホンマにお節介ちゅうか強引なおっちゃんやわ。・・・・・・どうせなら塔矢と二人で
選びたいんやけどなぁ・・・・・・ん?)
手に取らされた湯呑みの色柄を見て、呼び覚まされるものがあった。
紺地に白の桔梗模様。それは、
――昨夜オレたちが着とった浴衣や。

それに気づいた瞬間、昨夜アキラと共に過ごした時間の様々な記憶が身体全体に甦った。
紺の裾がすとんと捲れて、その中から現れた眩しいようなふくらはぎ。
アキラに誘われて、すらりとした両脚も白い尻も全部剥き出しにさせて、
糊の利いたあの浴衣はいつの間にかくしゃくしゃになっていて、自分のものと一緒に部屋の隅に
放り投げられた。
ぐっしょり濡れていた二つの浴衣と、更に熱く濡れて湯の中にいるように抱き合った記憶が
瞬時に駆け抜ける。
湯呑みを持つ手がぞくりと震えた。


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「どや?気に入ったか」
店主の声に我に返った。気づけば身体中が汗ばんでいる。
「う、ウン。・・・・・・オレはこれ、気に入ってんけど」
許可を求めるように隣のアキラを見る。
アキラも片方の湯呑みを手に取りじっと眺めていたが、社の視線に気が付くと振り向いて
ちょっと微笑み、また手の中に視線を戻した。
「そうだね。・・・・・・さっきみたいなのも綺麗だけど、ボクたちにはこういうののほうが合ってると思う」
「・・・・・・え?」
「そうですか。なら、早速包みますわ」
店主はポンと手を打ち鳴らして、小さな箱を取り出し二つの湯呑みを個別に包装し始めた。
「おっちゃん、おかんじょ」
「あー、エエわ」
「あ?」
「普段会われへん友達同士、久々に会えたのやろ?それで切なそうなカオして口とんがらして
対の土産欲しいなんて言われた日には、金なんて取られへんちゅうねん。・・・・・・そっちの
お客さんがいっぱい買うてくれたしな。これはオマケ言うことにしといたるわ」
手際よく包装を終えると、二つの紙袋に入れたそれを両手で差し出し、店主はにっこりと笑った。
「エエ友達やな。いつまでも、仲良うな」



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