マッサージ妄想 81 - 82


(81)
今朝、ホテルの部屋を出る前にもう一度しっかりとアキラを抱き締めた。
アキラも社の背に手を回してぎゅっと抱き締め返してくれたが、社がそのまま一向に離す
気配を見せずにいると、優しくたしなめるように囁いてきた。
「社。・・・・・・学校に遅れちゃうよ」
穏やかな声音と、静かに背を撫でてくれる手が心地よい。
「ガッコ休みたい・・・・・・」
「ダメだよ」
「明日仕事あるん?」
「・・・・・・ないけど」
「ならもう一日、アンタと一緒におる・・・・・・」
「社。ボクのせいで学校を休んだりなんてされたら、ボクはキミのご両親に申し訳が立たないよ。
行こう。ホラ」
「・・・・・・」
「社」
「・・・・・・オレ、いつか東京行く」
ぽつりと呟いた。一瞬アキラの動きが止まって、それからまた背を撫でてくれる。
「うん、夏休みにでも泊りがけで遊びにおいでよ。うちはいつでも構わないから」
「それもエエけど。それだけやのーて・・・・・・オレ、いつか東京で暮らす。アンタの側に行く」
社の肩に埋められていたアキラの顔が離れた。非難するような眼差しが社の顔に注がれる。
「昨日、言ったろう。そういうのは・・・・・・」
「ウン。今すぐやない。オレかてまだまだ力足りひんし・・・・・・そやけどいつか仕事も、親との
こともちゃんとして、その上でアンタの側に行く。それならエエやろ」
アキラが特に驚いた顔をしなかったのは、予想していた答えだったからなのかもしれない。
しばらくじっと見つめあった後、社の唇に自分の唇を軽く触れ合わせて、
「待ってるよ」
とアキラは囁いてくれた。


(82)
放課後たっぷり教師に絞られて、家路についたのはもう暮れ方になってからだった。
それでも親には連絡せずにおくと言ってくれた教師に感謝する。
(アイツももう、家に着いとるのやろな・・・・・・)
自分と共に街の骨董市で選んだ夫婦茶碗を、アキラが両親に渡している姿が浮かんだ。
それはきっとすぐ、今夜にでも一家の食卓に上るのだろう。
親子揃っての和やかな団欒。
その中でアキラが、あの湯呑みを使う。
自分と対のものとして買った、あの湯呑みに口づける。
(いつか、あの湯呑みをホンマに対で並べて使うようになれたらエエのにな。・・・・・・ま、
もちょっと先の話か)
自分用の湯呑みと、父母への土産の夫婦茶碗が入った紙袋をぎゅっと握り締めて歩く。
薄青い空にはもう星が光り始めている。

家の前に着くと、もう車庫に車が入っていた。
父親が帰って来ている。
昨夜帰らなかったことでまた何か言われるかもしれないし、もう何も言われないのかもしれない。
それでもアキラに約束した以上、父親との関係は改善しなければならないと思った。
(なんや知らんが燃えて来たで・・・・・・)
玄関の前で、大きく深呼吸する。
それから顔を上げて、もう一度紙袋をぎゅっと握り締めて、
「ただいま!」
と社は大きな声でドアを開けた。
                                <終>



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