盤上の月 10
(10)
人間の中にある闘争心を極限まで引き出し、対局中に それを一気に盤上に叩きつける。
盤上では人の情も一切関係なく、生死を賭けた戦いを仕掛けて蹴散らし合う。
負けた者は地に這いつくばり、連敗者は奈落の底へ何処までも落ちていき、勝利をつかむまで
光が射す事は無い。
そんな世界へ身を置く者を『修羅』と呼ぶ以外に何があろうか。
緒方は 何気に宴会に出席している棋士達を一望した。
今は笑いを浮かべているが、戦いが始まると普段の顔の上に『修羅』の面を被る。
碁盤を前にして碁石を武器に戦いに身を投じる『修羅』が本来の姿であり、
今は仮の姿であるとも思った。
―――フッ、今宵は『修羅』どもの宴か。塔矢先生は『修羅』と言うより『鬼神』と呼ぶのが
ふさわしいだろうな・・・そして・・・。
緒方の視線はアキラに移った。
あれは この中で一番油断の出来ない『修羅』だ。
いや修羅なんて まだ可愛いほうだな、怪物だな あれは。
多分 一番化ける可能性のあるヤツだ。いったい何処まで変貌するのか―――。
外見は品のある綺麗な顔立ちで柔らかい印象を持つアキラだが、その容貌とは裏腹に
誰よりも勝利に対して凄まじい執念を持ち、碁の追求に一切の妥協をせず向き合う辛辣さを
内に秘めている。
そして自ら進んで百選練磨の強豪の中に突き進んで行くという炎のような激しい性を
持ち合わせているのを緒方は よく知っている。
アキラほど外見と中身が一致しなく、かけ離れた人間は そうはいない。
今 緒方の目前に映るアキラは あんみつを食べるあどけない表情の15歳の少年だった。
「・・・人間、外見で物事を判断してはいけないという典型的見本だな。」と
アキラを眺めて緒方は言った。
「何か言いましたか 緒方さん?」とアキラが訪ねると、
「いや、何でもない。ただの独り言さ。」とアキラに向かって微笑み、背広の内ポケットから
タバコを出した。
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