盤上の月 56


(56)
「・・・・・進藤・・・、進藤・・・・・あっ・・・・」
ヒカルの名前を無意識に口走り、手は次第に強く激しく上下に動き出す。
アキラの心奥深くに眠っていたはずの炎が、チロチロと青白い舌を出しながら、徐々に姿を現した。
炎はアキラの心と体を犯しながら、一気に燃え広がっていく。
「あ・・・・あぁ・・・・・し・・・進藤、あぁっ!」
反り立つアキラの分身から熱い体液が勢いよく手中に放たれ、肩で息をしながら床に膝をつき、
そのまま頭部からドサリと倒れる。
だが、体内の熱は一向に引かず、少しも衰えを見せない。
再びアキラは猛る自分の物に手をかけ、続けて熱を吐き出した。熱を出し終え体が冷えゆくのを
感じながら、しばらくそのまま床に子猫のように小さくうずくまった。
「──風邪・・・・・・・・ぶり返したら、手合いに行けなくなる・・・・・」
一言そう呟くと、アキラはゆっくりと体を起こし立ち上がった。
「何をやっているのだろう、ボクは・・・・・・・・」
ボンヤリとした頭で洗面台の蛇口をひねり、体液で汚れた手を水で洗い、着衣を整えながら鏡に
映った自分の姿に視線を向けた。
碁で得る精神的快楽ではなく、肉体の快楽に溺れた姿に思わず目を背ける。
──ボクは進藤に抱かれているのを想像しながらしていた。
今まで努力して築き上げてきた自分は一体何だったのだろう。
あっけなく脆く崩れてしまうだけのものだったのか。
これが自分だと思っていた自分は実は虚像でしかなく、今の自分が隠された本当のボクの
姿なのだろうか・・・考えれば考えるほど、本当のボクが分からなくなっていく。
アキラは両手で頭を抱え髪を掻きむしり、鏡に映し出される自分を破壊したい衝動に駆られた
刹那、右手をグッと握り、拳を強く鏡に叩きつけた。
鏡はアキラの拳を中心にヒビが入り、小さな破片となってバラバラと乾いた音をたてながら
流し台の中へ落ちた。
やかて、アキラの拳から鮮血が溢れポタリと滴り、辺りを朱に染めていく。
氷のように冷えゆく体とは反対に、アキラの瞳には青い炎が激しく揺らめいていた。


                                 <盤上の月・終>



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