盤上の月 51 - 55


(51)
「どうしたんだ進藤?」
アキラはヒカルが塞ぎこんでいく様子に気付き、動揺して声を掛けた。
ヒカルは段々 アキラに対して、どうしようもない怒りがムカムカと、一気に込み上げてきた。
自分が真剣に悩んでいるのに、その原因を作った張本人が その事を全然覚えてない。
こんな馬鹿げた事があるだろうか。そんなアキラに振り回されている自分が とても滑稽に見えた。
──フザけんなよっ!? オレは、お前のオモチャじゃないんだっ!
とことん オレのことをバカにしやがって・・・・・・・!!
ヒカルは再び頭を上げ、アキラの顔を真正面から睨みつけた。そして キッと強い視線を浴びせ、
怒り狂う感情を言葉にぶつけた。
「・・・・・・・・て・・る気はねぇ・・・・ぞ」
「進藤?」
「・・・いつまでも お前の背中を見ているつもりはねぇって言ったんだよっ!!」
ヒカルは怒鳴りながらベンチからガタッと勢いよく立ち上がり、アキラを見下ろす。
その途端、ヒカルに真昼の陽が重なり、眩しさのあまり一瞬アキラは目がくらむ。
「塔矢、覚えてろよ。オレは いつまでも今のままじゃねえぞ!
必ずお前を追い越してやる・・・分かったかっ!?」
その様子を静観していたアキラは、無表情で自分の想いを押し殺してヒカルに言い放つ。
「・・・望むところだ。追って来い!」
ヒカルはアキラの言葉を聞くと、一段と表情を引き締める。そしてアキラに背を向けて何も言わず
に勢いよく走り出す。でも、すぐ顔を苦痛に歪めて左腕を押さえるが走り続けた。
ヒカルの左腕には薄いがアザがある。アキラがヒカルの腕を強くつかんだ時に出来たものだった。
ヒカルが忘れたいと思っても、そのアザがアキラとの抱き合った事が実際に起きた出来事だと、
より鮮明に思い出してしまう誘発剤になり、ヒカルの心を いつまでも苦しめる。
「―――畜生っ!!」
ヒカルは腕を押さえながら走った。目には薄っすらと涙を滲ませて──。


(52)
あっという間にヒカルの姿は遠くなり、アキラの視野から見えなくなった。
結局、ヒカルが何に対して怒っているのか、アキラは分かっていない。ヒカルがいなくなった
ベンチの周りには、一際 噴水の水音が大きくアキラの耳に響く。
「これで・・・・・・・良かったんだよ・・・・」
アキラは消え入るような小さな声で言う。自分に言い聞かせるように。
でも その言葉は、水粒の激しく落ちる水音に かき消された。


アキラは邸宅に戻り、鍵を玄関の鍵穴に差し込んだが、すでに鍵が開いていた。
「あっ、そうか・・・」
今日は両親が韓国から帰国する日だった事をアキラは忘れていた。玄関の戸を開け、居間に足を
運ぶと、そこには土産物を整理する明子の姿が目に入った。
「お母さん、お帰りなさい」
「あらアキラさん、留守番ご苦労様。何処に行ってらしたの?
あなたに御土産を買ってきているのよ」
「ありがとう。碁会所に行ってたんだ」
「まあ、お休みくらいゆっくりすればいいのに。お菓子もあるから、お茶でも入れましょうか?」
「うん。でも先に お父さんのところに挨拶してくるよ」
「分かったわ」
行洋は、時間さえあれば碁石に触れ、碁を打っている。明子は結婚当初、行洋という一人の棋士の
碁に対する真剣で根の詰めた姿勢に驚いた。だが、それだけ心身に打ち込まないとタイトルを狙う
のは難しいというのを他の棋士の妻に聞いた事があり、それを受け入れた。引退をした後も行洋の
その習性は変わらない。
それどころか、引退をした後のほうが碁により深く追求しているようにも見えた。
明子はアキラの後ろ姿を見て、つくづく父親そっくりの気性を受け継いだものだと、軽い溜息を
ついた。


(53)
「お父さん、お帰りなさい」
碁盤に向かい黙々と碁を打つ行洋にアキラは畳の上で正座し、両手をそろえて お辞儀をする。
「うむ。変わりはなかったかアキラ?」
碁を打つ手を止め、アキラの方をチラッと見る。この時、行洋は棋士から父親の顔に戻る。
アキラは、「はい」と言いながら畳にある両手を膝の上に置き姿勢を正す。
「そうか・・・だが、私の目には何処かしら疲れているように見えるが」
行洋は感が鋭い。いつも碁を打ちながら自分を見つめ、相手の心を探る作業をするうちに、
人の持つ雰囲気から微妙な変化をつかむ能力に長けている。また、第六感が優れているとも言える。
行洋に誤魔化しが通用しないのは百も承知なので、アキラは正直に過労が原因で療養した事を
話した。
「珍しいこともあるものだな。今は大丈夫なのか?」
「もう大丈夫です」
「ならば良い」
行洋はアキラに対し、柔らかい笑顔を向ける。
「では失礼します」
アキラは行洋に軽く一礼すると、腰を上げ部屋を後にする。居間に戻ると明子がお茶を入れて
アキラを待っていた。
「アキラさん、お父さん さっそく打っているの?」
「うん」
湯飲みに手を伸ばしながらアキラは答えた。
「本当に あの人は何処に行っても碁のことばかりねえ。それは あなたにも言えることだけど」
半分諦めた表情で明子はアキラの顔を眺めながらクスッと笑う。が、瞬時に笑顔が曇り真顔になる。
「アキラさん、そこどうしたの? 何か赤くなっているわよ」
明子はアキラの首筋に赤い痣のようなものを見つけた。
それは先週ヒカルと抱き合った時、ヒカルがアキラの首筋に吸いついて出来たキスマークの
痕だった。


(54)
「えっ、何処にあるの!?」
怪訝な表情をしてアキラは右手を首筋に当てる。
激しい愛撫の痕は首筋の後ろの方にあるので、鏡に真正面に立っても見つけにくい場所だった
ため、アキラは明子に言われるまで自分では気が付かなかった。
明子は心配そうにアキラの側に寄り、首にそっと手を添えながら痣を観察する。
「──よく見ると消えかかっているわ。真冬に虫刺されということはないと思うけど。
でも、お薬つけたほうがいいかしら?」
そう言って明子は腰を上げ、薬を取りに居間を出た。
アキラは明子が居間から出て行くのを見届けて1人になると両目を瞑り、自分の首に手を当て
ながら、懸命に記憶を探る。
首の後ろに痣のようなものがあると知った時、アキラの頭に何故かヒカルの顔が瞬時に浮かんだ。
「ボクは痣のことを言われた時、どうしてすぐ進藤を思い出したのだろうか・・・・・?」

『知ってはいけない! 思い出してはいけない!!』

頭の片隅で危険を知らせるシグナルが鳴り響き踏みとどまるようにと理性に訴えるが、アキラは
それを拒絶した。真実を知りたいという感情が理性を押しのけ、半分霞がかった曖昧な記憶の
断片を かき集める。
──確かあの時、熱を出した僕を進藤が家まで送り、布団に寝かしてくれたところまでは何となく
覚えている。今日、進藤は何度も執拗に「覚えていないのか」とボクに訪ね、ボクが全く覚えて
いないと言うと、怒ってしまった。
進藤がボクを看病してくれた時、何かあったんだろうか・・・・・・・・?
しばらくして脳裏にフッとある場面が横切った途端、アキラの顔色は一気に蒼白となった。


(55)
──そんな・・・・・・、う・・・嘘だっ!?
アキラは両手で頭を抱えてテーブルの上に突っ伏した。が、すぐ上体を起こして素早くその場で
立ち上がった。すると、ちょうどそこへ明子が薬箱を持ち居間に戻ってきた。
「アキラさん、お薬持ってきたわよ」
心臓が高鳴り、ざわつく心をアキラは懸命に落ち着かせながら、
「お母さん、ここ痒くも痛くもないから大丈夫だよ」とだけ言うと、急ぎ足で居間から出て行き、
風呂場へ向かった。
「何をそんなに慌てているのかしら、おかしな子ねぇ?」
不思議そうに明子はアキラを見送った。
アキラは風呂場の脱衣所でセーターを脱ぎ、シャツのボタンを2,3個外す。鏡の前に後ろ向きに
立ち、鏡に映った自分の首後ろを見るため、髪を片手で上げながら斜め後ろに振り返った。
そして、鏡に映った首の後ろ側近くにあるキスマークを見つけると、再び居間で頭を駆け抜けた
記憶がより鮮明に蘇る。ヒカルと激しく抱き合いキスし、自分の全てをヒカルに預けた場面が
何度も津波のように繰り返す。
「嘘だ・・・あれは・・・・・・あれは夢だったはずだっ!!
ボクは今まで血の滲むような努力を積み重ねてきた。
周りなど一切顧みず、神の一手を目指す志でいつも碁を打ってきた。
それがボクであったハズだ!
あんな女みたいなボクは知らない、あれはボクじゃないっ・・・・・!」
どんなに自分の感情に抗おうとしても、首筋の刻印が夢や幻想ではなく現実に起きた事だと
容赦なくアキラに突きつける。
忘れていた記憶が蘇るとともに、次第にアキラの体は熱くなっていった。堪えきれずアキラは
その場でしゃがみこみ、ズボンと下着を膝まで降ろし、猛々しく反り立ち脈打っている自分の分身
を握った。先端は すでに透明な雫を垂らし、ビクビクと微かに震えている。



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